行灯の油をなめる猫
江戸時代の行灯には、菜種油のほか魚から取った安い油も使われた。猫が匂いに引かれ、後脚で立って皿をなめることがある。灯の下から見上げれば、壁に大きな影が揺れ、人のように立つ姿が映った。
猫が油をなめる家では、やがて言葉を話し、手拭いをかぶって踊ると噂された。夜の姿を見た飼い主が翌朝いなくなる話もある。尻尾が二つに分かれれば猫又と呼ばれるが、化け猫と猫又の境は土地や本によって一定しない。

語りの移り変わり
- 近世以前年老いた飼い猫が人へ化け、死者を操る話が各地で語られる。
- 江戸時代行灯の油をなめ、手拭いをかぶって踊る猫が絵や怪談に登場する。
- 1853年歌舞伎『花嵯峨猫魔稗史』が鍋島家の政争を化け猫物へ脚色する。
- 明治以降鍋島猫騒動や岡崎の猫が舞台、錦絵、映画で繰り返し描かれる。
主人を殺して成り代わる
化け猫の怪談では、飼い猫が老女や女主人を殺し、その姿へ化けて家に居座る。夜になると元の猫へ戻り、屋根の上で踊る。家人が不審に思って部屋を探すと、床下や庭から本物の主人の遺体が見つかる。
猫は死体を飛び越えると死者を起き上がらせるとも信じられ、葬儀の間は猫を遺体へ近づけない地域があった。身近で素早く、暗闇でも目が光る猫は、家の内側から秘密を知り、亡くなった人の姿まで盗む動物になった。

芝居になった鍋島猫騒動
佐賀藩鍋島家のお家騒動を下敷きに、江戸末期には化け猫が主君の側室へ成り代わる芝居が作られた。嘉永六年(一八五三)の歌舞伎『花嵯峨猫魔稗史』などを経て、「鍋島猫騒動」の名で人気を集める。史実の政争に妖猫を加えた創作であり、実際に鍋島家で化け猫事件が起きた記録ではない。
舞台では猫の目を光らせ、宙乗りや早替わりで女から獣へ変身する。「岡崎の猫」も化け猫演目の見せ場となり、浮世絵や映画へ受け継がれた。家庭の灯油をなめる小さな怪異は、芝居の中で城を揺るがす妖猫へ大きくなった。






