古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑大太法師
FILE 102 / 巨人・地形

大太法師

だいだらぼっち

丘へ腰を下ろし、海の貝を食べた常陸の巨人

昔、山より大きな男が日本中を歩いていた。富士山へ腰を下ろし、琵琶湖の水で顔を洗う。山を持ち上げようと踏ん張った跡には湖ができ、運んだ土を落とした場所には新しい山ができる。ダイダラボッチ、デイダラボッチ、デエダラボウなど呼び名は土地ごとに違う。地図に残る大きな窪みや二つ並んだ山を、人の一度の動作で説明する巨人だった。

古代常陸の丘へ巨大な大人が腰を下ろし、海へ手を伸ばす場面
古代常陸の丘へ巨大な大人が腰を下ろし、海へ手を伸ばす場面

山を運び、湖で顔を洗う

ダイダラボッチの体は、富士山を腰掛けにできるほど大きい。埼玉県狭山市の伝説では、富士山へ座り、琵琶湖の水を手ですくって顔を洗った。歩幅は国をまたぎ、一歩ごとに巨大な足跡を残す。

山を背負って運ぶ途中、もっこから土がこぼれて丘になったという話も多い。筑波山と富士山を天秤棒で量ろうとして、筑波山が二つに割れたという茨城の再話もある。各地の山の形へ合わせ、巨人の仕事は変わった。

巨人が大きな貝を食べ、殻を丘の脇へ積み上げる場面
巨人が大きな貝を食べ、殻を丘の脇へ積み上げる場面

語りの移り変わり

  1. 8世紀初め『常陸国風土記』に、大櫛岡の巨人が食べた貝殻で丘ができた話が記される。
  2. 近世山や湖を作る巨人の話が、地誌、随筆、土地の口承に現れる。
  3. 近代民俗学者がダイダラボッチ系の多様な呼び名と地形伝説を採集する。
  4. 現在自治体の民話集や地名解説で、地域の山・池の由来として語られる。

足跡が池や田になる

地面へ足を踏み込めば、跡には水がたまる。長野の大座法師池、東京の代田、各地の足跡沼など、巨人の名と結びつけられた地名や池がある。手をついた跡、尻餅をついた窪地とする場所もある。

大きな地形がどうしてできたかを、一人の動作へ置き換えれば話しやすい。離れた二つの山が似ていれば運び比べ、平地に小山が一つあれば土を落としたと語る。同じ筋を土地の景色に合わせて作り直せた。

村人が地面に残った巨大な足跡の長さを縄で測る場面
村人が地面に残った巨大な足跡の長さを縄で測る場面

古代の巨人と後の名前

八世紀初めの『常陸国風土記』には、那賀郡の大櫛岡に巨人が住み、海辺で貝を食べ、その殻が大きな丘になったという記事がある。巨大な人の地形伝説として古いが、本文にダイダラボッチという名はない。

ダイダラ系の名が文献や民俗採集に現れるのは後の時代で、呼び方も一定しない。古代の巨人記事を直接の起源と断定することはできないが、土地の大きさを人の体で測る発想が長く続いたことは分かる。

常陸の巨人が大地へ足を下ろし、村人の前に巨大な足跡の窪みができる
常陸の巨人が大地へ足を下ろし、村人の前に巨大な足跡の窪みができる
貝を食べ終えた巨人が丘から立ち上がり、背後に大きな貝殻の山を残す
貝を食べ終えた巨人が丘から立ち上がり、背後に大きな貝殻の山を残す
夜明けに村人たちが、海へ続く巨大な足跡と深い穴を見つける
夜明けに村人たちが、海へ続く巨大な足跡と深い穴を見つける
SOURCES

主な参考資料