松浦沖で船に近づく
磯撫では、天保十二年(一八四一)刊の『絵本百物語』に登場する。場所は肥前国松浦、現在の長崎県北部から佐賀県北西部にかけての海域である。北風が激しく吹く時期になると沖へ現れ、船の近くを通った。
大きすぎるため、海上からは背中しか見えない。船乗りがその姿に気を取られていると、尾が伸びてくる。尾には鉤のような突起が幾つもあり、衣服や体を引っ掛けた者を海中へ落とした。海が荒れていても、近づく動きは気づきにくかったという。

語りの移り変わり
- 江戸後期肥前松浦の海に、尾で人をさらう怪魚の奇談が伝えられる。
- 1841年桃山人・竹原春泉斎『絵本百物語』に磯撫でが収録される。
- 近代妖怪関係の事典が『絵本百物語』の記事を紹介する。
- 現代尾に鉤を持つ巨大なサメに似た姿で、漫画やゲームにも登場する。
尾だけが届く怖さ
『絵本百物語』の挿絵では、大きな魚の尾が船へ迫り、鉤にかかった人が海へ引きずられている。怪物の全身は描かれず、船の外から届く尾だけが危険を伝える。海中の相手がどれほど大きいのか、乗組員には確かめようがない。
名の由来について、本文は磯辺を撫でるように尾を動かすためと記す。いきなり船を砕くのではなく、波間からそっと触れて人だけを奪う。外洋へ出た船で一人が消えても、海へ落ちた瞬間を見ていなければ何が起きたか分からない。

怪魚の姿が広まるまで
『絵本百物語』は桃山人の奇談に竹原春泉斎の絵を添えた本で、磯撫での名と姿を後世へ伝えた主要な資料である。ただし、松浦地方に同じ名の口承がどこまで広く存在したかは、刊本の記述だけでは分からない。
現代の図鑑では、尾に無数の棘を持つサメのような怪魚として描かれることが多い。これは春泉斎の挿絵を基に整えられた姿であり、原文に細かな体色や生態まで書かれているわけではない。






