停電の夜に増えた通報
最初の報告は、ガジアバードから東デリーの労働者住宅へ広がった。五月の暑い夜、人々は風を求めて屋上や戸外で眠る。停電すると細い路地と階段は真っ暗になる。怪物を見たという叫びが上がり、眠っていた家族が一斉に走り出した。
5月10日から25日までに、警察管制室へ397件の電話があったと医学研究は記録している。爪で顔や腕を傷つけられたと訴える人が病院へ来た一方、屋根や階段から落ちた重傷者も出た。逃げる途中で転落して亡くなった人や、群衆に巻き込まれた人もいた。

語りの移り変わり
- 2001年5月初旬ガジアバードと東デリーで、夜間に猿のようなものに襲われたという通報が始まる。
- 2001年5月10~25日397件の通報が集中し、転落や群集事故で死傷者が出る。
- 2001年6月警察の専門委員会が動物や組織的犯人を否定し、集団的な恐怖と判断する。
- 2009年映画『デリー6』がカーラ・バンダル騒動を物語へ取り入れる。
見るたび姿が変わる
新聞に載った似顔絵は、毛深い猿の顔と人間の胴を組み合わせていた。ところが証言を並べると、身長は三十センチから二メートル近くまで開く。鋼鉄の胸当て、ヘルメット、ばねの靴、点滅するランプを持つという話もあれば、普通の猿だったという人もいた。
警察は五万ルピーの懸賞を出し、数千人の警官を夜間巡回へ回した。住民の自警団も棒や鉄パイプを持って路地に立ったため、怪しいと思われた配達員や通行人が殴られる事件が起きる。猿の仮面をつけて盗みをした男も捕まり、本物の目撃との区別はさらに難しくなった。

傷を調べた医師たち
警察の依頼で、法医学と精神医学の専門家が負傷者を診察した。傷の位置や形は、金属の爪で襲われた場合に揃うはずのものではなかった。転倒した際の擦り傷、壁や針金に触れた傷、自分でつけた傷が多く、未知の動物の歯や爪を特定できる痕は見つからなかった。
6月に公表された委員会報告は、猿、人間の集団、外国の工作員が襲撃した可能性を退けた。睡眠不足、猛暑、停電、混雑、繰り返されるニュースが不安を強めたと結論づける。通報は五月下旬から急速に減り、怪物を捕まえないまま騒ぎは終わった。

カーラ・バンダルの記憶
ヒンディー語で『黒い猿』を意味するカーラ・バンダルの名は、その後もデリーの人々に残った。2009年の映画『デリー6』では、旧市街を騒がせる黒い猿が、住民同士の疑いを大きくしていく筋に使われた。
2001年の負傷と死は実際に起きた。だが全員が同じものに襲われた記録はなく、夜の影、普通の猿、悪ふざけ、転倒が一つの名前で呼ばれた。姿が一致しないまま通報だけが増えた数週間は、都市全体が参加した怪談として記憶されている。





