肥後の海で光ったもの
京都大学附属図書館が所蔵する瓦版『肥後国海中の怪』には、弘化三年四月中旬の出来事としてアマビエが描かれている。肥後国、現在の熊本県にあたる海で毎晩光るものが現れたため、土地の役人が海辺へ出向いた。
怪異は人に近い頭と長い髪、鳥のくちばしのような口を持ち、首から下は鱗で覆われている。足、あるいは尾のようなものは三本。瓦版の絵は簡略だが、言葉だけでは説明しにくい姿を、読者がそのまま写せるよう大きく示している。

語りの移り変わり
- 1846年瓦版『肥後国海中の怪』に、アマビエの出現と予言が記録される。
- 江戸末期~明治姿を写して見せるよう告げるアマビコ系の予言獣が各地で記録される。
- 20世紀妖怪研究や図鑑で瓦版が紹介されるが、知名度はまだ限られていた。
- 2020年感染症流行を受け、疫病よけの象徴として絵の投稿と商品化が全国へ広がる。
六年の豊作と流行病
アマビエは役人に、今年から六年間は諸国で豊作が続くが、病も流行すると告げた。病への備えとして薬や祈祷を教えたわけではない。「早々に私の姿を写し、人々に見せよ」と言い残し、海中へ入ったという。
この瓦版自体が、予言と姿を江戸まで届けた「写し」だった。読む者がさらに絵を写して別の人へ見せれば、指示された行為が続いていく。アマビエの話は、絵を複製し配る仕組みを初めから備えていた。

アマビコとの関係と現代の流行
江戸末期から明治にかけて、豊作や疫病を予言し、姿を写すよう求める「アマビコ」「海彦」などの記録が複数残る。三本足や猿に似た姿の例もあり、アマビエはその一群と近い。瓦版を書き写す際に名を取り違えた可能性も論じられているが、確定はしていない。
二〇二〇年、新型コロナウイルス感染症が広がると、アマビエの絵がSNSへ相次いで投稿された。菓子、護符、ポスター、行政の啓発画像にも使われ、江戸の瓦版に一度だけ現れた怪異が、百七十年以上を経て全国の日常へ入ってきた。






