狸ともアナグマとも呼ばれた獣
ムジナは現在の動物分類では、主にニホンアナグマの別名として扱われる。しかし昔の人が狸と狢をいつも厳密に分けていたわけではない。地方名も入り混じり、同じ動物を別の名で呼んだり、狸を狢と記したりした。
江戸前期の赤本『むぢなの敵討』は、現在「かちかち山」として知られる昔話の古い形で、悪役の獣を狢と呼ぶ。後の本では狸になることが多い。名前が入れ替わっても、人家の近くへ来て人をだます獣という役回りは変わらなかった。

語りの移り変わり
- 古代文献に狢の名が現れ、穴に住む獣や怪異を起こす獣として記される。
- 江戸前期赤本『むぢなの敵討』で、後のかちかち山の悪役が狢と呼ばれる。
- 近世~近代狸や狐と重なりながら、人に化ける狢の話が各地で採集される。
- 1904年小泉八雲『怪談』の「Mujina」が、顔のない怪異を英語圏へ紹介する。
夜道で人の姿を借りる
狢の化け方には、僧、女、子どもなどがある。夜の野道で声を掛け、相手が近づくと異様な顔を見せる。宿を借りた旅人の前で正体を現すこともあれば、同じ場所を歩かせ続け、朝になってから化かされていたと気づかせることもある。
狐狸という言葉があるように、狐や狸の話と筋を共有する例も多い。伝承を動物別にきれいに分けることはできない。その土地で身近だった夜行性の獣が、物音だけを残して姿を消すたび、化け物の名も互いに重なっていった。

小泉八雲の『Mujina』
小泉八雲は明治三十七年(一九〇四)の『怪談』に「Mujina」を収めた。赤坂の紀伊国坂で、商人が泣く女を助けようとする。女には顔がなく、逃げた先の蕎麦屋の主人も顔を消してみせる。現在なら、のっぺらぼうの代表的な話として知られる筋である。
作中で化け物の姿は人間に近く、動物の狢は出てこない。それでも題に狢が置かれたのは、人に化ける者の正体を指す名として通じたからだろう。英訳を通じて、ムジナという言葉は顔のない怪異とともに海外へも広まった。






