古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑
FILE 67 / 山野・獣

むじな

娘や旅人に化けて道を外させる山の獣

夜道で見知らぬ女が泣いている。心配して顔をのぞくと、目も鼻も口もない。男が逃げ込んだ店で今の出来事を話すと、店主が振り向いて「こんな顔だったか」と、同じのっぺらぼうの顔を見せる。小泉八雲が英語で紹介した怪談の題は「Mujina」だった。狢は一種類の動物だけを指す名ではなく、狸やアナグマと重なりながら、化ける獣の総称のように使われてきた。

昭和初期の秩父の山道で、遠くの小さな灯を旅人が見上げている場面
昭和初期の秩父の山道で、遠くの小さな灯を旅人が見上げている場面

狸ともアナグマとも呼ばれた獣

ムジナは現在の動物分類では、主にニホンアナグマの別名として扱われる。しかし昔の人が狸と狢をいつも厳密に分けていたわけではない。地方名も入り混じり、同じ動物を別の名で呼んだり、狸を狢と記したりした。

江戸前期の赤本『むぢなの敵討』は、現在「かちかち山」として知られる昔話の古い形で、悪役の獣を狢と呼ぶ。後の本では狸になることが多い。名前が入れ替わっても、人家の近くへ来て人をだます獣という役回りは変わらなかった。

囲炉裏のある山小屋で、旅の娘が火へ手をかざし、木挽きが足元を見ている場面
囲炉裏のある山小屋で、旅の娘が火へ手をかざし、木挽きが足元を見ている場面

語りの移り変わり

  1. 古代文献に狢の名が現れ、穴に住む獣や怪異を起こす獣として記される。
  2. 江戸前期赤本『むぢなの敵討』で、後のかちかち山の悪役が狢と呼ばれる。
  3. 近世~近代狸や狐と重なりながら、人に化ける狢の話が各地で採集される。
  4. 1904年小泉八雲『怪談』の「Mujina」が、顔のない怪異を英語圏へ紹介する。

夜道で人の姿を借りる

狢の化け方には、僧、女、子どもなどがある。夜の野道で声を掛け、相手が近づくと異様な顔を見せる。宿を借りた旅人の前で正体を現すこともあれば、同じ場所を歩かせ続け、朝になってから化かされていたと気づかせることもある。

狐狸という言葉があるように、狐や狸の話と筋を共有する例も多い。伝承を動物別にきれいに分けることはできない。その土地で身近だった夜行性の獣が、物音だけを残して姿を消すたび、化け物の名も互いに重なっていった。

月夜の買い出し道で、荷を背負った二人の女性の前へ獣の影が出る場面
月夜の買い出し道で、荷を背負った二人の女性の前へ獣の影が出る場面

小泉八雲の『Mujina』

小泉八雲は明治三十七年(一九〇四)の『怪談』に「Mujina」を収めた。赤坂の紀伊国坂で、商人が泣く女を助けようとする。女には顔がなく、逃げた先の蕎麦屋の主人も顔を消してみせる。現在なら、のっぺらぼうの代表的な話として知られる筋である。

作中で化け物の姿は人間に近く、動物の狢は出てこない。それでも題に狢が置かれたのは、人に化ける者の正体を指す名として通じたからだろう。英訳を通じて、ムジナという言葉は顔のない怪異とともに海外へも広まった。

夜の杉林で、地面近くの灯が木の間を移り、男が道標を見失う場面
夜の杉林で、地面近くの灯が木の間を移り、男が道標を見失う場面
佐渡の岩場に供えた饅頭を、寺の住職が翌朝確かめる場面
佐渡の岩場に供えた饅頭を、寺の住職が翌朝確かめる場面
月夜の山道で旅の娘が振り返り、狢の顔と尾を持つ正体を旅人へ見せる
月夜の山道で旅の娘が振り返り、狢の顔と尾を持つ正体を旅人へ見せる
SOURCES

主な参考資料