悪夢を食べてもらう
眠りから覚めても嫌な夢が頭に残るとき、獏の名を三度唱え、夢を譲り渡す。地域や時代によって言葉は違うが、獏が悪夢を食べれば災いは現実にならないと信じられた。初夢の縁起を気にする正月にも、このまじないが用いられた。
江戸時代には、獏の絵や「獏」の字を枕元に置き、夢よけとした。枕そのものを獏の形にした例もある。夢を見た後に呼ぶだけでなく、眠る前から近くへ置いておく守りだった。

語りの移り変わり
- 中国古代~中世邪気を避ける想像上の獣として、獏の名と複合的な姿が文献に記される。
- 室町時代日本で獏の図像が工芸や絵画に現れ、眠りを守る意匠にも使われる。
- 1779年鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に獏が描かれる。
- 近代以降実在する動物のバクにも同じ名が使われ、夢を食べる伝承と重ねられる。
象の鼻を持つ霊獣
伝説の獏は一種類の動物ではない。長い鼻、丸い体、太い足を備え、資料では象、犀、牛、虎などの特徴を組み合わせて説明される。中国で邪気を避ける霊獣として伝えられ、その皮に座ると病を防ぐともいわれた。
日本へ伝わると、邪気よけの力が寝室と結びついた。室町期の絵巻や工芸品にも姿が見られ、江戸時代の鳥山石燕は『今昔画図続百鬼』に獏を描いた。怪物というより、害をのみ込んでくれる頼もしい獣である。

動物のバクとの違い
東南アジアや中南米に生息する哺乳類のバクは、短い鼻を持つ実在の動物である。中国でこの動物に当たる名が古い文献の「貘」と結びつき、日本でも同じ字と読みが使われた。
霊獣の図にも長い鼻があるため、現在は実在のバクが夢を食べる動物として描かれることも多い。しかし、伝承の獏は動物園のバクを観察して作られたものではなく、中国の文献と想像上の図像から受け継がれた存在である。






