古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑
FILE 70 / 夢・瑞獣

ばく

枕元で悪い夢を引き受ける想像上の獣

悪夢で目を覚ましたとき、「この夢を獏にあげます」と唱える。すると同じ夢を二度と見ないという。夢を食べる獏は、象の鼻、犀の目、牛の尾、虎の足を持つ寄せ集めの姿で描かれた。中国の古い霊獣が日本へ伝わり、室町時代以降、寝具や枕、護符に姿や文字を記して、眠りを守る存在になった。

古い寝所の枕元に、象の鼻と虎の足を持つ獏が伏せる場面
古い寝所の枕元に、象の鼻と虎の足を持つ獏が伏せる場面

悪夢を食べてもらう

眠りから覚めても嫌な夢が頭に残るとき、獏の名を三度唱え、夢を譲り渡す。地域や時代によって言葉は違うが、獏が悪夢を食べれば災いは現実にならないと信じられた。初夢の縁起を気にする正月にも、このまじないが用いられた。

江戸時代には、獏の絵や「獏」の字を枕元に置き、夢よけとした。枕そのものを獏の形にした例もある。夢を見た後に呼ぶだけでなく、眠る前から近くへ置いておく守りだった。

室町時代の武家屋敷で、職人が黒い木枕の側面へ獏を描く場面
室町時代の武家屋敷で、職人が黒い木枕の側面へ獏を描く場面

語りの移り変わり

  1. 中国古代~中世邪気を避ける想像上の獣として、獏の名と複合的な姿が文献に記される。
  2. 室町時代日本で獏の図像が工芸や絵画に現れ、眠りを守る意匠にも使われる。
  3. 1779年鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に獏が描かれる。
  4. 近代以降実在する動物のバクにも同じ名が使われ、夢を食べる伝承と重ねられる。

象の鼻を持つ霊獣

伝説の獏は一種類の動物ではない。長い鼻、丸い体、太い足を備え、資料では象、犀、牛、虎などの特徴を組み合わせて説明される。中国で邪気を避ける霊獣として伝えられ、その皮に座ると病を防ぐともいわれた。

日本へ伝わると、邪気よけの力が寝室と結びついた。室町期の絵巻や工芸品にも姿が見られ、江戸時代の鳥山石燕は『今昔画図続百鬼』に獏を描いた。怪物というより、害をのみ込んでくれる頼もしい獣である。

江戸の家で、七福神の宝船と獏を描いた紙を枕の下へ入れる場面
江戸の家で、七福神の宝船と獏を描いた紙を枕の下へ入れる場面

動物のバクとの違い

東南アジアや中南米に生息する哺乳類のバクは、短い鼻を持つ実在の動物である。中国でこの動物に当たる名が古い文献の「貘」と結びつき、日本でも同じ字と読みが使われた。

霊獣の図にも長い鼻があるため、現在は実在のバクが夢を食べる動物として描かれることも多い。しかし、伝承の獏は動物園のバクを観察して作られたものではなく、中国の文献と想像上の図像から受け継がれた存在である。

眠る子どもの布団のそばで、獏が薄い夢の雲を鼻から吸う場面
眠る子どもの布団のそばで、獏が薄い夢の雲を鼻から吸う場面
象の鼻と虎の脚を持つ獏が、眠る武士から立ち上る黒い悪夢を鼻で吸い込
象の鼻と虎の脚を持つ獏が、眠る武士から立ち上る黒い悪夢を鼻で吸い込
悪夢が消えた寝所で獏が枕元から静かに去り、眠っていた者が目を覚ます
悪夢が消えた寝所で獏が枕元から静かに去り、眠っていた者が目を覚ます
SOURCES

主な参考資料