百本の灯を一つずつ消す
百物語は、集まった者が順番に怪談を語る遊びだった。百本の灯心や蝋燭を用意し、一話が終わるたびに一つ消す。部屋は次第に暗くなり、聞き手は次の話と、最後に何が起こるかを待った。
実際には百話へ届く前にやめることも多かった。すべての火を消せば、本当に化物が現れると信じられたからである。遊びの終わりそのものが、語られた怪談より怖い仕掛けになっていた。

語りの移り変わり
- 江戸前期怪談を順番に語り、灯を一つずつ消す百物語が武家や町人の間に広がる。
- 江戸中期百物語の作法や、最後に怪異が現れるという話が怪談集へ記される。
- 1781年頃鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に青行燈が描かれる。
- 近代以降百物語の最後に現れる女妖怪として小説や映像作品に定着する。
青い紙を張った行灯
百物語の方法を記した江戸時代の本には、青い紙を張った行灯を使う例がある。青紙を通った灯りは人の顔色を変え、狭い部屋を普段と違う場所に見せる。参加者は別室へ行って灯を消し、鏡に自分の顔を映してから戻った。
青行燈という名は、この青白い明かりと百物語の怪異を合わせたものと考えられる。ただし、各地に同じ名の妖怪が出たという伝承が先にあったわけではない。現在知られる姿は、石燕の絵によるところが大きい。

最後の一話を待つ女
天明元年(一七八一)ごろ刊行された『今昔百鬼拾遺』で、石燕は行灯の前に女を描いた。長い黒髪の間から角がのぞき、歯を見せて笑っている。詞書は、中国の鬼が青い灯火を好むという話と、日本の百物語を結びつける。
この女に固有の生前や退治譚はない。百話目の後に現れる「何か」へ、一枚絵で姿を与えたものだった。後の読み物や映像では、百物語を取り仕切る妖怪、語られた怪異を束ねる存在として役割が加えられていった。






