庭からのぞく鋏の怪物
『画図百鬼夜行』の網剪は、縁側の外から座敷へ姿を現している。頭の先は鳥のくちばしのように尖り、左右には大きな鋏がある。細長い胴は節で分かれ、尾へ向かって曲がる。実在の一種類ではなく、海老や蟹、昆虫を組み合わせたような体である。
座敷には団扇と枕が置かれ、夏の夜らしい。簾の奥には灯りがともる。絵の中に切られた網は見えず、説明文もない。それでも「網剪」という名と鋏を見れば、この後何が起こるのかは想像できる。

語りの移り変わり
- 1776年鳥山石燕『画図百鬼夜行』に「網剪」が描かれる。
- 江戸時代鋏を持つ甲殻類風の姿が版本を通じて広まる。
- 近現代蚊帳や漁網を切る妖怪という説明が図鑑に定着する。
- 現在名と一枚絵から生まれた妖怪として創作作品へ受け継がれる。
朝になると蚊帳が裂けている
近世から昭和期まで、蚊帳は蚊を避けて眠るための身近な道具だった。網目の細かな布を部屋へ吊り、寝床を囲う。そこへ穴が開けば、眠っている間に蚊が入り込む。魚を取る漁網も、少し切れただけで役に立たなくなる。
後世の妖怪本では、網切は夜中に家へ入り、蚊帳を鋏で切り刻むとされた。漁師の網を切る話もある。人を直接襲わなくても、生活に欠かせない網だけを狙えば十分に困る。目を覚ました時には姿がなく、床に切れ端だけが残る。

名前から育った妖怪
網切を「網剪」と書く一方、海老に似た小さな甲殻類を「醤蝦」と書いてアミと読む。石燕が海老に似た姿と、網を切る鋏を言葉遊びで組み合わせたとも考えられている。髪を切る怪異「髪切り」と音が近いことも指摘される。
原典に物語がないため、網切は絵を見た人々が名前どおりの行動を補ってきた。魚網、蚊帳、現代のネットまで、時代ごとに切る対象を変えられる。確かなのは、鋏を持った異形が夏の家をのぞいていたというところまでである。






