古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑網切
FILE 36 / 水・道具

網切

あみきり

網だけを断つ鋏の手の怪

蒸し暑い夜、蚊帳の中で眠っていると、庭先から黒い影が入ってくる。鳥のように尖った口、蟹の鋏に似た前脚、海老のように曲がった長い体。翌朝、蚊帳は鋭い刃物で切られたように裂けている。網切は名のとおり網を切る妖怪として知られるが、鳥山石燕の原典に詳しい行動は書かれていない。夏の座敷に現れた鋏の怪物という一枚の絵から、蚊帳を切るいたずらが想像された。

漁村の軒先で干し網を鋏のような手で切る網切
漁村の軒先で干し網を鋏のような手で切る網切

庭からのぞく鋏の怪物

『画図百鬼夜行』の網剪は、縁側の外から座敷へ姿を現している。頭の先は鳥のくちばしのように尖り、左右には大きな鋏がある。細長い胴は節で分かれ、尾へ向かって曲がる。実在の一種類ではなく、海老や蟹、昆虫を組み合わせたような体である。

座敷には団扇と枕が置かれ、夏の夜らしい。簾の奥には灯りがともる。絵の中に切られた網は見えず、説明文もない。それでも「網剪」という名と鋏を見れば、この後何が起こるのかは想像できる。

漁村の夜、干した網に一直線の切れ目が走り、軒先に鋏の手を持つ網切が隠れる場面
漁村の夜、干した網に一直線の切れ目が走り、軒先に鋏の手を持つ網切が隠れる場面

語りの移り変わり

  1. 1776年鳥山石燕『画図百鬼夜行』に「網剪」が描かれる。
  2. 江戸時代鋏を持つ甲殻類風の姿が版本を通じて広まる。
  3. 近現代蚊帳や漁網を切る妖怪という説明が図鑑に定着する。
  4. 現在名と一枚絵から生まれた妖怪として創作作品へ受け継がれる。

朝になると蚊帳が裂けている

近世から昭和期まで、蚊帳は蚊を避けて眠るための身近な道具だった。網目の細かな布を部屋へ吊り、寝床を囲う。そこへ穴が開けば、眠っている間に蚊が入り込む。魚を取る漁網も、少し切れただけで役に立たなくなる。

後世の妖怪本では、網切は夜中に家へ入り、蚊帳を鋏で切り刻むとされた。漁師の網を切る話もある。人を直接襲わなくても、生活に欠かせない網だけを狙えば十分に困る。目を覚ました時には姿がなく、床に切れ端だけが残る。

漁村の夕方、漁師が軒先へ干した網を一枚ずつ確かめる場面
漁村の夕方、漁師が軒先へ干した網を一枚ずつ確かめる場面

名前から育った妖怪

網切を「網剪」と書く一方、海老に似た小さな甲殻類を「醤蝦」と書いてアミと読む。石燕が海老に似た姿と、網を切る鋏を言葉遊びで組み合わせたとも考えられている。髪を切る怪異「髪切り」と音が近いことも指摘される。

原典に物語がないため、網切は絵を見た人々が名前どおりの行動を補ってきた。魚網、蚊帳、現代のネットまで、時代ごとに切る対象を変えられる。確かなのは、鋏を持った異形が夏の家をのぞいていたというところまでである。

夜の軒下で鋏の前脚を持つ網切が網へ近づく場面
夜の軒下で鋏の前脚を持つ網切が網へ近づく場面
網切が前脚を閉じると、丈夫な漁網へ一直線の切れ目が走る場面
網切が前脚を閉じると、丈夫な漁網へ一直線の切れ目が走る場面
翌朝の浜で漁師たちが切られた網を広げ、跡を調べる場面
翌朝の浜で漁師たちが切られた網を広げ、跡を調べる場面
SOURCES

主な参考資料