古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑垢嘗
FILE 37 / 風呂・汚れ

垢嘗

あかなめ

人の去った浴室で汚れを舐める

湯屋が閉まり、火も人声も消えた深夜。薄暗い浴室へ、乱れ髪の小鬼が忍び込む。浴槽の縁へ片足を掛け、赤く長い舌で、床や桶に残った垢をなめ取る。垢嘗は人を襲う大妖怪ではない。掃除されず湿った風呂場に残る汚れが、誰も見ていない間にそれを食べる生き物へ姿を変えた。

夜の古い浴室で長い舌を伸ばす垢嘗
夜の古い浴室で長い舌を伸ばす垢嘗

古い風呂屋に住む垢ねぶり

貞享三年(一六八六)の『百物語評判』には、「垢ねぶり」というものは古い風呂屋に住む化け物だと記されている。「ねぶる」は、なめるという意味である。荒れた屋敷にもいるだろうとされるが、誰がいつ見たのか、どのような姿だったのかまでは書かれていない。

当時、町の人々は共同の湯屋を利用した。営業を終えた浴室には湯気と湿気がこもり、木の床や浴槽に皮脂や水垢が残る。明かりの乏しい夜の風呂場は、昼間のにぎわいとは別の場所に見えた。

誰もいない夜の浴室で桶の水面が揺れ、柱の陰から長い舌を伸ばす垢嘗の場面
誰もいない夜の浴室で桶の水面が揺れ、柱の陰から長い舌を伸ばす垢嘗の場面

語りの移り変わり

  1. 1686年『百物語評判』に、古い風呂屋に住む「垢ねぶり」が記される。
  2. 1737年佐脇嵩之『百怪図巻』に、垢をなめる妖怪の姿が描かれる。
  3. 1776年鳥山石燕『画図百鬼夜行』が長い舌の「垢嘗」を収録する。
  4. 近現代風呂掃除を促す妖怪として児童書や図鑑でも知られる。

石燕が描いた長い舌

鳥山石燕の『画図百鬼夜行』では、垢嘗が戸棚風呂のそばにしゃがんでいる。細い体にぼさぼさの髪、手足には長い爪があり、口から伸びた舌を床へ届かせている。名は「垢嘗」となり、なめるものまで一目で分かる姿になった。

垢嘗が好むのは、人が洗い落とした汚れである。風呂に入って体を清めても、浴室を汚したままにすれば、夜に妖怪が来る。後世には掃除を怠る者への戒めとして紹介されたが、石燕の絵は説教をせず、垢を食べる小鬼だけを見せている。

人の去った夜の浴室で、桶の水面だけが静かに揺れる場面
人の去った夜の浴室で、桶の水面だけが静かに揺れる場面

見つけても害はあるのか

古い記録には、垢嘗に食われたり殺されたりした人の話は見当たらない。人のいない風呂場で垢をなめ、見つかれば物陰へ逃げる。見た目は不気味でも、していることは残された汚れを食べるだけである。

ただし、垢嘗が現れるほど汚れた浴室は、現実にも衛生的とはいえない。湿った木材には黴が生え、虫も集まる。風呂を洗って乾かせば、垢嘗が食べるものも隠れる場所もなくなる。小さな妖怪の居場所は、手入れを忘れた家の片隅に限られている。

柱の陰から小鬼のような垢嘗が現れ、長い舌を伸ばす場面
柱の陰から小鬼のような垢嘗が現れ、長い舌を伸ばす場面
垢嘗が浴槽の縁と床に残った汚れを舐めて進む場面
垢嘗が浴槽の縁と床に残った汚れを舐めて進む場面
夜明け前の浴室で桶が倒れ、濡れた小さな足跡だけが残る場面
夜明け前の浴室で桶が倒れ、濡れた小さな足跡だけが残る場面
SOURCES

主な参考資料