古い風呂屋に住む垢ねぶり
貞享三年(一六八六)の『百物語評判』には、「垢ねぶり」というものは古い風呂屋に住む化け物だと記されている。「ねぶる」は、なめるという意味である。荒れた屋敷にもいるだろうとされるが、誰がいつ見たのか、どのような姿だったのかまでは書かれていない。
当時、町の人々は共同の湯屋を利用した。営業を終えた浴室には湯気と湿気がこもり、木の床や浴槽に皮脂や水垢が残る。明かりの乏しい夜の風呂場は、昼間のにぎわいとは別の場所に見えた。

語りの移り変わり
- 1686年『百物語評判』に、古い風呂屋に住む「垢ねぶり」が記される。
- 1737年佐脇嵩之『百怪図巻』に、垢をなめる妖怪の姿が描かれる。
- 1776年鳥山石燕『画図百鬼夜行』が長い舌の「垢嘗」を収録する。
- 近現代風呂掃除を促す妖怪として児童書や図鑑でも知られる。
石燕が描いた長い舌
鳥山石燕の『画図百鬼夜行』では、垢嘗が戸棚風呂のそばにしゃがんでいる。細い体にぼさぼさの髪、手足には長い爪があり、口から伸びた舌を床へ届かせている。名は「垢嘗」となり、なめるものまで一目で分かる姿になった。
垢嘗が好むのは、人が洗い落とした汚れである。風呂に入って体を清めても、浴室を汚したままにすれば、夜に妖怪が来る。後世には掃除を怠る者への戒めとして紹介されたが、石燕の絵は説教をせず、垢を食べる小鬼だけを見せている。

見つけても害はあるのか
古い記録には、垢嘗に食われたり殺されたりした人の話は見当たらない。人のいない風呂場で垢をなめ、見つかれば物陰へ逃げる。見た目は不気味でも、していることは残された汚れを食べるだけである。
ただし、垢嘗が現れるほど汚れた浴室は、現実にも衛生的とはいえない。湿った木材には黴が生え、虫も集まる。風呂を洗って乾かせば、垢嘗が食べるものも隠れる場所もなくなる。小さな妖怪の居場所は、手入れを忘れた家の片隅に限られている。






