目が垂れ下がる黒い僧
元文二年(一七三七)の『百怪図巻』に、塗仏はすでに描かれている。墨を塗ったような黒い肌、膨れた腹、頭の左右から下がる長い髪。最も目を引くのは、眼窩から飛び出し、糸で吊ったように垂れる二つの目である。背後には魚の尾に似たものも見える。
名前から仏像を思い浮かべるが、手は印を結ばず、僧衣も着けていない。仏の荘厳な姿を崩し、黒い肉の塊へ変えたように見える。絵巻には詞書がないため、この奇妙な体の意味は説明されないまま残った。

語りの移り変わり
- 1737年佐脇嵩之『百怪図巻』に黒い体と垂れた目の塗仏が描かれる。
- 江戸時代『化物づくし』など複数の妖怪絵巻に似た姿が受け継がれる。
- 1776年鳥山石燕『画図百鬼夜行』が、仏壇から現れる塗仏を描く。
- 近現代放置された仏壇に出る妖怪という説明が加わる。
仏壇の奥から現れる
鳥山石燕の『画図百鬼夜行』では、塗仏が仏壇の内側から半身を乗り出している。扉の奥には掛軸や仏具があり、本来まつられる仏の代わりに黒い怪物がこちらを見る。石燕も文章を添えておらず、仏壇から出た理由は分からない。
仏壇は先祖や亡くなった家族をまつり、毎日手を合わせる場所だった。戸を閉ざしたまま放置すれば、内側は暗く、埃がたまる。後世には、手入れも供養もされない仏壇へ塗仏が現れると説明された。これは石燕の構図から生まれた話で、古い目撃談が先にあったわけではない。

姿だけが受け継がれた妖怪
塗仏は『百怪図巻』のほか、『化物づくし』など複数の妖怪絵巻に登場する。黒い体と垂れた目は共通するが、背中の尾や髪の描き方には違いがある。絵師は先行する図を写しながら、細部を変えていった。
土地の伝説や怪談がなくても、姿が強烈なら妖怪は残る。塗仏の場合、仏壇という背景まで加わったことで、閉ざされた扉の奥にいるものとして記憶された。何をするかより、戸を開けた時に何が出てくるか。その一瞬だけで三百年近く描き継がれている。






