煙の中に浮かぶ顔
煙々羅は、火のそばに立つ固い体の妖怪ではない。石燕の絵では、地面近くから上がった煙が渦を巻き、その濃淡の中に男の顔と上半身が浮かぶ。足元へ行くほど輪郭がなくなり、煙へ戻っている。
名は、煙が幾重にも薄く重なる様子を「羅」という薄絹に重ねたものと読める。炊事、風呂焚き、炭焼き、野焼きなど、煙の立つ場所なら、見るたびに違う顔が現れた。

語りの移り変わり
- 近世暮らしの火から出る煙に、人や動物の形を見る感覚が親しまれる。
- 1781年頃鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に煙々羅が収録される。
- 近代石燕の妖怪画集が復刻され、煙の妖怪として紹介される。
- 現代姿を変える煙の精として漫画、映像、ゲームに登場する。
石燕の短い詞書
天明元年(一七八一)ごろ刊行された『今昔百鬼拾遺』で、石燕は「煙々羅」を描いた。詞書には、煙がたなびく姿を指す言葉と、昔の人の家の煙をめぐる故事が重ねられている。
現代の図鑑では「心の清い者にしか見えない」とよく説明される。これは石燕の詞書にある古典的な表現から導かれた読みだが、煙々羅が人を試したという具体的な昔話が載っているわけではない。原図から確かめられるのは、煙が人の姿を取った場面である。

形を保てない妖怪
煙は、同じ場所にとどまらない。顔に見えた瞬間があっても、次の瞬間には伸び、ちぎれ、天井や空へ散る。石燕はその一瞬を止め、名前を添えた。
後の創作では、煙の体を自由に変える、火のある場所へ現れる、人の心を見分けるといった性格が加えられた。いずれも石燕の一枚絵から育った設定であり、江戸の伝承に共通する決まった筋ではない。






