厠の下から伸びた手
慶長年間、加賀国石川郡戸板村に笠松甚五兵衛という武士がいた。妻は厠へ入るたび、何者かに尻を撫でられると訴えた。甚五兵衛が刀を抜いて中へ入ると、暗い下から毛の生えた黒い手が伸びてきた。
甚五兵衛はすぐに斬りつけ、手首から先を落とした。手は人のものより不気味で、毛に覆われていたという。彼は戦利品のように持ち帰り、包んで家に置いた。

語りの移り変わり
- 慶長年間加賀国戸板村の笠松甚五兵衛の家で起きた出来事として語られる。
- 江戸時代『北国奇談巡杖記』に、黒い手を斬り僧姿の怪物が取り返す話が収録される。
- 近代怪談・妖怪事典が黒手の名でこの話を紹介する。
- 現代厠から腕を伸ばす妖怪として絵画や漫画に描かれる。
手を見せてほしいという僧
数日後、二人の僧が甚五兵衛の家を訪ねた。その一人が、珍しい黒手を斬ったそうだが、ぜひ見せてほしいと頼む。甚五兵衛が包みを出すと、僧は中の手をつかんだ。
僧はたちまち九尺ほどの怪物となり、斬られた自分の手だと言って取り返す。大きな布団のようなものを広げて甚五兵衛を包み、空へ持ち上げて落としたとも記される。黒い手の本体が何者だったか、名は付けられていない。

家の中に開いた暗い穴
この話は、近世の奇談集『北国奇談巡杖記』によって知られる。舞台の厠は家の中にありながら、便槽の暗がりを通じて外とも地下ともつながる場所だった。そこから体を見せず、手だけが現れる。
後世の妖怪画では「黒手」が独立した妖怪名になり、三本指の毛深い怪物として描かれることもある。しかし原話の見せ場は、切った手を持ち帰ったために、本体が僧へ化けて家まで取り戻しに来るところにある。






