障子に残る横顔
石燕の絵では、傷んだ家の障子に女の上半身が影となって映る。結い上げた髪、額、鼻、袖の形まで分かるのに、影を作る本人は画面のどこにもいない。庭には草が伸び、家が長く使われていないことも読み取れる。
影は、光を遮る体がなければ生まれない。ところが体を探すと見つからず、探すのをやめると紙の上へ戻る。壁や障子一枚を隔てた向こう側に何かがいるという、日本家屋の夜に合った怪異だった。

語りの移り変わり
- 近世以前空き家に以前の住人の気配や影が現れる怪談が語られる。
- 1781年頃鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』に、障子へ映る影女が描かれる。
- 近代妖怪画集の復刻を通じて影女の名と姿が紹介される。
- 20世紀以降旅館や廃屋を舞台にした新しい影女の怪談が書かれる。
人の去った古い家
天明元年(一七八一)ごろの『今昔百鬼拾遺』で、石燕は住む人の絶えた家に影女が現れると記した。かつてその家にいた女なのか、後から入り込んだものかは説明しない。
廃屋には、以前の住人が使った部屋や建具がそのまま残る。女の姿を描かず、生活の痕跡を受け止めてきた障子へ影だけを置くことで、誰が戻ったのか分からないまま夜が続く。

後世に作られた怪談
近代以降には、山形県の旅館で男が障子の女影に悩まされる話など、影女の名を使った怪談が書かれた。土地の伝承として紹介される場合もあるが、石燕の絵から直接続く同一の物語とは限らない。
原典にあるのは、古家と障子の影、そして影女という名である。どんな顔だったか、近づいた人をどうしたかまで決められていないため、後の語り手がそれぞれ別の女を影の向こうへ置いた。






