年越しの厠をのぞく
昔の厠は母屋から離れた場所や家の端にあり、夜は灯りも乏しかった。とりわけ大晦日は、古い年から新しい年へ移る特別な夜である。その暗がりを、巨大な僧の顔が外からのぞく。
加牟波理入道は毎晩出るとはされず、大晦日と結びつく。年の最後に厠でその名を唱える俗信があり、妖怪画より前から類似の文句が記録されている。呼び方には、がんばり入道、雁婆梨入道などの違いがある。

語りの移り変わり
- 近世以前大晦日の厠で特定の文句を唱え、災いを避ける俗信が伝わる。
- 1779年鳥山石燕『今昔画図続百鬼』に加牟波理入道が描かれる。
- 江戸後期厠の神や年越しの禁忌とともに、異なるまじないが記録される。
- 近代以降姿を見ると不幸になる型と幸運になる型が、妖怪事典で並んで紹介される。
口から飛び出す郭公
鳥山石燕は安永八年(一七七九)の『今昔画図続百鬼』に、窓越しにこちらを見る入道を描いた。大きく開いた口から一羽の鳥が飛び出す。詞書には郭公の字があり、厠のまじないで唱える言葉と鳥の名を結びつけている。
入道がもともと鳥を飼っていたという昔話はない。石燕が伝承の文句を絵に置き換え、口から実際に郭公を出す洒落にしたものだ。奇妙な姿を先に見ると、言葉遊びまで一つの怪談に思えてくる。

見ると不幸か、幸運か
加牟波理入道を見れば疫病にかかるため、呪文で避けるとする説明がある。一方、姿を見れば一年間幸運になる、尻をなめた紙を取れば金持ちになるという別の話も後世に伝わる。
相反する説明があるのは、年越しのまじないと石燕の妖怪画が、後の事典で組み合わされたためでもある。原典から確かめられるのは、大晦日の厠、名を唱える言葉、郭公を吐く入道という三つの要素である。






