誰もいない森から砂が降る
砂かけ婆が出るのは、人の少ない森の陰や神社のそばだという。道を通ると、乾いた砂が上や横から突然降りかかる。音に驚いて辺りを探しても、人影はない。追いかける相手も、逃げる方向も分からなかった。
柳田國男は『妖怪談義』で奈良の話を紹介し、姿を見た者はいないと記した。怪異の正体を老婆と確認した目撃談があったのではなく、「砂をかける何者か」を名の上で婆と呼んでいた。

語りの移り変わり
- 伝承期奈良などで、神社の森や寂しい道を通る人へ砂を浴びせる怪異が語られる。
- 近代沢田四郎作が大和の伝承を採集し、姿を見た者はいないと記録する。
- 1950年代柳田國男『妖怪談義』が砂かけ婆を広く紹介する。
- 20世紀後半水木しげるが老婆の姿を与え、漫画の主要な妖怪として定着させる。
奈良から近隣の土地へ
直接の典拠の一つは、沢田四郎作が大和の伝承を集めた『大和昔譚』である。奈良のほか、兵庫や滋賀にも、森や竹藪から砂をかける似た話が記録された。場所によっては小豆洗い婆、米とぎ婆など別の名で呼ばれる。
砂が降る理由も一つではない。枝から落ちた土、鳥や小動物の動き、風で舞い上がった乾いた地面が、暗い道では人の仕業に感じられる。姿がないまま砂だけを残すため、話は次の通行人にも確かめられた。

鬼太郎の仲間になった老婆
水木しげるは砂かけ婆を、白髪を振り乱し、和服を着た小柄な老婆として描いた。袋や手の中から砂を投げ、敵の目をくらませる。『ゲゲゲの鬼太郎』では知恵のある古参妖怪として、子泣き爺とともに主人公を支えた。
姿のなかった奈良の怪異は、漫画によって誰もが思い浮かべられる顔を得た。現在、砂かけ婆の像や商品に使われるのも、ほとんどがこの後に整った老婆の姿である。






