古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑白澤
FILE 50 / 霊獣・知識

白澤

はくたく

万の怪異を知り災いを避ける霊獣

中国の伝説で、黄帝が東方を巡った時、白沢という霊獣に出会った。白沢は人の言葉を話し、世にいる一万一千五百二十種の怪異を知っていた。黄帝は一体ずつ名と性質を尋ね、災いを避ける方法とともに書き留めさせたという。日本では、人の顔、牛や獅子に似た体、角と九つの目を持つ姿で描かれた。その絵は旅の守りや疫病除けとして持ち歩かれた。

書庫で多くの目と角を持ち怪異の図を示す白澤
書庫で多くの目と角を持ち怪異の図を示す白澤

黄帝に妖怪の名を教える

白沢の伝説は中国で生まれた。黄帝が海辺の桓山で出会った白沢は、人語を解し、天地の怪異をことごとく知っていた。黄帝が尋ねると、白沢は一万一千五百二十種の精怪について、現れる前触れ、起こす災い、避ける方法を答えた。

その内容を絵と文にしたものが『白沢図』と呼ばれた。怪異に名前を付け、特徴を知れば、出会った時に対処できる。白沢は敵を力で倒す獣ではなく、何者であるかを見分ける知識によって人を守った。

古い書庫で白澤が巻物に怪異の姿を示し、学者が一体ずつ記録する場面
古い書庫で白澤が巻物に怪異の姿を示し、学者が一体ずつ記録する場面

語りの移り変わり

  1. 古代中国黄帝が白沢から天下の精怪一万一千五百二十種を教わったと伝えられる。
  2. 古代から中世怪異の姿と対処法を記す『白沢図』が中国から日本へ伝わる。
  3. 1780年鳥山石燕が九つの目を持つ白沢を『今昔百鬼拾遺』に描く。
  4. 江戸時代白沢避怪図が旅の安全、魔除け、疫病除けの札として頒布される。

九つの目を持つ日本の白沢

中国の白沢像は時代によって姿が異なり、獣だけで描かれるものも、人の顔を持つものもある。日本では鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』が、白い獅子のような胴、人の顔、二本の角を持つ白沢を描いた。額と頭に三つ、胴の左右に三つずつ、合わせて九つの目がある。

多くの目は、あらゆる方角の怪異を見逃さない知恵に似合う。石燕の絵は後世の妖怪図鑑や寺社の絵に影響し、日本で白沢といえば九眼の人面獣を思い浮かべるようになった。

古代中国の山野で白澤が帝の一行の前へ姿を現す場面
古代中国の山野で白澤が帝の一行の前へ姿を現す場面

絵を持ち歩いて災いを避ける

江戸時代には、白沢の姿と怪異を避ける文言を刷った「白沢避怪図」が社寺で頒布された。旅人は折りたたんで懐へ入れ、枕元に置いた。図を持てば狐狸や邪気が近づかず、悪い夢や疫病も避けられるとされた。

岩手県立博物館の掛幅には、白沢図を携帯すれば狐狸や邪気の類が近寄らないとの説明が残る。戸隠山でも守り札として出され、旅の安全を願う人々が求めた。怪異の知識を集めた古代中国の書物が失われた後も、すべてを知る獣の姿だけは護符となって各地へ運ばれた。

白澤が巻物へ怪異の姿と名を示し、学者が筆で記録する場面
白澤が巻物へ怪異の姿と名を示し、学者が筆で記録する場面
多眼多角の白澤図が書庫の壁に掛けられ、人々が厄除けとして見る場面
多眼多角の白澤図が書庫の壁に掛けられ、人々が厄除けとして見る場面
時代の異なる白澤図を学者が机へ並べ、姿の違いを比較する場面
時代の異なる白澤図を学者が机へ並べ、姿の違いを比較する場面
SOURCES

主な参考資料