古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑山彦・幽谷響
FILE 53 / 山・音

山彦・幽谷響

やまびこ

谷の向こうから同じ声を返すもの

谷を挟んだ山へ「おーい」と叫ぶ。少し遅れて、誰もいないはずの峰から同じ「おーい」が返る。もう一度呼べば、また返事をする。現在なら音の反響と説明できるが、姿の見えない相手が山にいると考えれば、声だけの妖怪になる。山彦は地域によって呼子、呼子鳥、山おらびとも呼ばれ、小さな獣の姿に描かれることもあった。

朝の谷で旅人が手を口に当て、向かいの尾根へ声を送る場面
朝の谷で旅人が手を口に当て、向かいの尾根へ声を送る場面

向こうの峰から同じ声が返る

山の斜面や岩壁に声が当たると、音は反射して発した人のもとへ戻る。谷が深く、周囲が静かなほど、言葉の形まではっきり聞こえる。昔の人は、山にいる何者かが人の声をまねし、返事をしていると考えた。

返ってくるのは人の声だけではない。斧で木を打つ音、鉄砲、犬の鳴き声も、少し遅れて山から繰り返される。姿が見えず、こちらが声を出さない限り黙っているため、山彦は出会う妖怪というより、呼びかけによって存在を知るものだった。

岩陰に小さな獣のような山彦が伏せ、遠くの声へ耳を向ける場面
岩陰に小さな獣のような山彦が伏せ、遠くの声へ耳を向ける場面

語りの移り変わり

  1. 古代から中世山の反響が、山や木に宿るものの返事として語られる。
  2. 近世呼子、呼子鳥、山おらびなど、各地の声の怪異が記録される。
  3. 1776年鳥山石燕が『画図百鬼夜行』に小獣姿の「幽谷響」を描く。
  4. 現在音の反響を指す言葉として日常語に残る。

石燕が与えた小獣の姿

鳥山石燕の『画図百鬼夜行』では、「幽谷響」と書いて「やまびこ」と読ませる。岩場に、犬とも猿ともつかない小さな獣が立ち、口を開いている。谷へ声を放ち、人間の呼びかけを返しているところだろう。

反響には本来、体も顔もない。石燕は音の発生源として獣を置き、見えない現象を妖怪図鑑へ並べられる形にした。後世の絵では耳の大きい獣や、木の葉をまとった童子にも描かれる。

霧の斜面で木を打つ音が別の尾根から返り、木こりが手を止める場面
霧の斜面で木を打つ音が別の尾根から返り、木こりが手を止める場面

呼子鳥と木霊

鳥取県などには、山中で人を呼ぶ声を出す「呼子」や「呼子鳥」の話がある。高知県の山間では、昼夜を問わず突然聞こえる怪声を山彦と呼んだ。声を返す鳥、山で叫ぶもの、音を反射する岩は、土地の言葉の中で同じ名に集まる。

木に宿る精霊の木霊も、人の声へ答えるとされた。山彦と木霊を分けずに語る地域もある。誰が返事をしたかを確かめようとして声の方へ進むと、道を外れる。山から返事があっても、相手を探しに行かない方がよいとされた。

夕方の山道で先を歩く二人が、背後から返る呼び声へ振り向く場面
夕方の山道で先を歩く二人が、背後から返る呼び声へ振り向く場面
雪の積もった谷に一人の呼び声が何度も反射していく場面
雪の積もった谷に一人の呼び声が何度も反射していく場面
古い山小屋の外で、子どもが山へ呼びかけ、家人が戸口から見守る場面
古い山小屋の外で、子どもが山へ呼びかけ、家人が戸口から見守る場面
SOURCES

主な参考資料