向こうの峰から同じ声が返る
山の斜面や岩壁に声が当たると、音は反射して発した人のもとへ戻る。谷が深く、周囲が静かなほど、言葉の形まではっきり聞こえる。昔の人は、山にいる何者かが人の声をまねし、返事をしていると考えた。
返ってくるのは人の声だけではない。斧で木を打つ音、鉄砲、犬の鳴き声も、少し遅れて山から繰り返される。姿が見えず、こちらが声を出さない限り黙っているため、山彦は出会う妖怪というより、呼びかけによって存在を知るものだった。

語りの移り変わり
- 古代から中世山の反響が、山や木に宿るものの返事として語られる。
- 近世呼子、呼子鳥、山おらびなど、各地の声の怪異が記録される。
- 1776年鳥山石燕が『画図百鬼夜行』に小獣姿の「幽谷響」を描く。
- 現在音の反響を指す言葉として日常語に残る。
石燕が与えた小獣の姿
鳥山石燕の『画図百鬼夜行』では、「幽谷響」と書いて「やまびこ」と読ませる。岩場に、犬とも猿ともつかない小さな獣が立ち、口を開いている。谷へ声を放ち、人間の呼びかけを返しているところだろう。
反響には本来、体も顔もない。石燕は音の発生源として獣を置き、見えない現象を妖怪図鑑へ並べられる形にした。後世の絵では耳の大きい獣や、木の葉をまとった童子にも描かれる。

呼子鳥と木霊
鳥取県などには、山中で人を呼ぶ声を出す「呼子」や「呼子鳥」の話がある。高知県の山間では、昼夜を問わず突然聞こえる怪声を山彦と呼んだ。声を返す鳥、山で叫ぶもの、音を反射する岩は、土地の言葉の中で同じ名に集まる。
木に宿る精霊の木霊も、人の声へ答えるとされた。山彦と木霊を分けずに語る地域もある。誰が返事をしたかを確かめようとして声の方へ進むと、道を外れる。山から返事があっても、相手を探しに行かない方がよいとされた。






