秋には山、春には川へ
熊本では河童をガラッパと呼ぶ地域がある。ガラッパは秋の彼岸になると川を離れ、群れで山へ登る。その間は山童となって冬を越し、春の彼岸に再び川へ下りる。移動の日には、姿が見えなくても、山道を通る足音や「ヒョウヒョウ」という声が聞こえるという。
彼岸は農作業や季節が切り替わる時期でもある。水田や川の仕事が終わる秋に水の怪が山へ移り、春の田仕事が始まるころ戻る。河童と山童は別々の妖怪ではなく、同じものが季節で居場所と名を変えると考えられた。

語りの移り変わり
- 近世以前九州の山間で、河童が季節ごとに山と川を行き来する話が語られる。
- 1712年ごろ『和漢三才図会』が筑前・五島の山童を記す。
- 近代熊本県芦北・球磨・八代などで山童伝承が民俗調査に記録される。
- 現在河童の山の姿として九州を代表する妖怪の一つになる。
木こりを手伝う一つ目の子
山童は全身を毛に覆われ、猿に似て二本脚で歩く。背丈は子どもほどで、一つ目だとする話も多い。木を運ぶ、材木を積む、石を動かすなど、山仕事を人の何倍もの力で手伝う。
頼む時には、仕事が終わったら飯や酒を渡すと先に約束する。終わってから褒美を増やしても喜ばず、約束した品を決めた場所へ置かなければならない。礼を怠ると怒り、材木を崩し、次から仕事を邪魔する。山で交わした約束は、人同士のものと同じ重さを持った。

笑い声と相撲
山童は人の様子を見て笑い、木を倒す音をまねる。相撲を挑む話もあり、小さな体でも力は強い。山小屋の食べ物を盗むこともあれば、道に迷った人を里まで導くこともある。人を一方的に襲うというより、山仕事のすぐそばにいる気まぐれな隣人だった。
『和漢三才図会』は、筑前や五島に山童がいると記し、黒い毛を持つ十歳ほどの子どもの姿を紹介した。江戸の知識人は九州の伝承を珍しい動物の記事として読み、妖怪画は一つ目の毛深い姿を広めた。






