人へ取りつく犬の霊
犬神に憑かれたとされた人は、発熱し、胸や腹の痛みを訴え、突然激しく食べ始める。徳島の記録には、普段は魚を嫌う人が刺身を欲しがった例もある。祈祷者が病人へ問いかけると、本人とは違う声で、誰の家の犬神かを名乗ると信じられた。
犬神の姿は、鼠ほどの小さな犬、犬の首だけのもの、人には見えない霊など、土地によって異なる。使い手が意識して命じなくても、欲しいと思った物を犬神がよその家から奪うともいわれた。そのため裕福になった家へ、犬神を使ったという噂が向けられることもあった。

語りの移り変わり
- 近世以前西日本で犬の霊が人に憑くという信仰が広がる。
- 近世から近代犬神筋とされた家への婚姻忌避や交際の制限が各地で記録される。
- 20世紀四国の民俗調査が、憑依例と家筋をめぐる社会関係を記録する。
- 現在差別の歴史を含む憑きもの信仰として研究と展示が続く。
犬神を作るという禁じられた話
犬神の作り方として、犬を飢えさせ、食べ物へ届く寸前に首を落とし、その頭を人通りの多い場所へ埋めるという話が知られる。踏みつけられた犬の恨みを強くし、霊を命令に従わせるためだという。地域や文献によって手順は大きく違い、実際に行われたことを示すものではない。
むごい作法の噂は、犬神を使う者が普通の人にはできない罪を犯したという印象を強めた。一度犬神を持った家では、霊が子孫へ受け継がれ、家族の数だけ増えるとも語られた。個人の怪異が、代々続く家筋の性質へ変えられていった。

犬神筋と呼ばれた家
村で「あの家は犬神筋だ」と噂されると、婚姻を断られ、食事を共にすることを避けられる場合があった。犬神を見た証拠がなくても、家の裕福さ、よそ者であること、過去の争いなどから疑いを掛けられた。噂を否定するほど、犬神が言わせていると受け取られることさえあった。
民俗学は犬神を妖怪として記録すると同時に、憑きもの信仰が村の人間関係をどう縛ったかも調べてきた。現在、犬神の話を扱う時には、特定の姓や家を実際の「犬神持ち」と結びつけるべきではない。伝承の背後には、長く続いた排斥の歴史がある。






