天井裏にいた大蜘蛛
江戸時代の怪談集『宿直草』には、若い武士の宿へ子を抱いた女が入ってくる話がある。女は、武士との間にできた子だと言って赤子を差し出す。身に覚えのない武士が刀を抜くと、女は天井へ逃げた。翌朝、天井裏を調べると、一、二尺もある大蜘蛛が斬られて死んでいた。
『太平百物語』では、作州高田の孫六が山の庵で美女に迎えられる。以前に斬った蜘蛛の恨みを責められ、気を失った。目覚めた場所は荒れた古堂で、軒には蜘蛛の巣が幾重にも掛かっていた。どちらも美女や親子の姿で警戒を解かせ、屋内へ誘い込む。

語りの移り変わり
- 1670年代『宿直草』に、女と赤子へ化けた大蜘蛛の怪談が載る。
- 1732年『太平百物語』に、作州高田で孫六が蜘蛛の女に誘われる話が収められる。
- 1776年鳥山石燕が『画図百鬼夜行』に「絡新婦」を描く。
- 近世以降浄蓮の滝や賢淵など、水辺に人を引く女郎蜘蛛の伝説が語り継がれる。
滝壺から伸びる糸
静岡県伊豆市の浄蓮の滝では、木こりが滝のそばで休んでいると、何度も蜘蛛が足へ糸を掛けた。男は不審に思い、糸を近くの切り株へ移す。直後、滝壺から強い力で糸が引かれ、大きな切り株が根ごと水中へ落ちた。
その後、男は滝壺の主である女郎蜘蛛の秘密を他言しないと約束するが、酒に酔って話してしまい、姿を消したともいう。仙台の賢淵にも、よく似た糸と切り株の話が残る。滝や深い淵に渦巻く水の力が、見えにくい蜘蛛の糸として語られた。

女郎蜘蛛から絡新婦へ
ジョロウグモは黄色と黒の模様を持つ大型の蜘蛛で、秋には大きな網を張る。「女郎蜘蛛」という名に、中国で蜘蛛を指す「絡新婦」の字が当てられた。鳥山石燕の『画図百鬼夜行』では、女の姿をした絡新婦の周りに小さな蜘蛛が集まり、火を吐いている。
源頼光が退治する土蜘蛛とは、もともと別の系統である。絡新婦の話では、武将の討伐よりも、旅人や木こりが一人で女に出会う場面が多い。美しい屋敷や女の姿は朝になると消え、残るのは蜘蛛の巣と、引きずられた跡だけである。






