犬が死んだフレッチャータウン・ロード
1971年、プリンスジョージズ郡で一匹の犬が死んで見つかった。飼い主たちは、近くで山羊に似た毛深い生き物を見たと地方紙に話した。数週間後、記者カレン・ホスラーがメリーランド大学の民俗資料を調べ、『ゴートマン』の噂と事件を結びつけて報じた。記事はフレッチャータウン・ロード周辺を怪人の居場所として紹介した。
若者たちは夜の道路へ車で出かけ、森から石や斧を投げられた、ヘッドライトの前を二本足の獣が横切ったと話した。犬の事件と目撃に同じ犯人を認める証拠はなかったが、地方紙に地名が載ったことで、探しに行ける怪談になった。

語りの移り変わり
- 1960年代メリーランド大学の学生が、橋や森に住む半獣の話を州内で採録する。
- 1971年プリンスジョージズ郡の地方紙が犬の死とゴートマンの噂を報じる。
- 1970~80年代橋を守る男、事故被害者、研究所の実験体などの異版が学生資料に集まる。
- 2000年代以降ネット記事や動画でフレッチャータウン・ロードと農業研究センターの版が定番になる。
橋を守る男、研究所から逃げた怪物
大学の採話には、ゴートマンがタッカー・ロードの狭い橋を守り、近づいた子どもを撃つという版がある。別の語りでは、交通事故で額がつぶれ、角のように盛り上がった男が森へ隠れた。小屋を焼かれたため若者を憎んでいる、と理由まで添えられた。
現在よく知られるのは、ベルツビル農業研究センターの科学者が実験中に山羊と融合したという話だ。研究所は実在するが、人と山羊を混ぜる実験や脱走記録はない。研究施設の長い柵や立入制限区域が、森の怪人にもっともらしい出身地を与えた。

学生が残した手書きの怪談
メリーランド大学図書館には、授業で学生が集めた民俗資料が141リニアフィート保管されている。1960年代から80年代のタイプ原稿には、聞いた相手、場所、年代が記され、ゴートマンとバニーマンの話も多数含まれる。同じ名の怪物が郡をまたぎ、道路や橋を変えながら語られていたことが分かる。
採録者が聞いたのは、完成した一つの物語ではない。斧を持つ半獣、散弾銃を持つ傷ついた男、恋人たちを襲う隠者が、同じゴートマンの箱に入っている。後年の紹介はそれらをつなぎ、研究所生まれの山羊人間を作り上げた。

夜の橋へ向かう車
ゴートマンの橋と呼ばれる場所は一つではない。プリンスジョージズ郡のタッカー・ロード、アン・アランデル郡のガバナー・ブリッジ・ロードなど、古い一車線橋へ話が移っている。車を停め、クラクションを鳴らすと怪人が来るという遊びもできた。
道路改修で橋が架け替えられても、若者は別の暗い場所を選ぶ。斧を持つ姿は映画の殺人鬼に近づき、山羊の脚や角は絵や動画で大きくなった。1971年の記事にいた毛深い生き物は、半世紀の再話を経て、研究所から逃げた怪物として森を歩いている。





