家へ着く前に消える客
運転手が女性を拾うのは、町外れの道路、橋のたもと、ダンスホールから続く道などである。女性は寒そうにしているが、質問にはほとんど答えない。住所だけを告げて後部座席へ座り、車が目的地へ近づくと姿を消す。ドアを開けた音も、走り去る足音も聞こえない。
家人は運転手の話を聞き、写真を持ってくる。女性は交通事故で亡くなった娘で、命日が来るたびに同じ場所から帰ろうとするという。借りた上着だけが墓の上に置かれていた、女性が座った場所に水たまりが残った、と証拠が一つ加わる版もある。

語りの移り変わり
- 自動車普及以前馬車や徒歩の旅人が、道で出会った死者を送り届ける話が各地に伝わる。
- 1930年代以降シカゴ郊外でリザレクション・メアリーの目撃談が語られる。
- 1981年ブルンヴァンドが『The Vanishing Hitchhiker』を刊行する。
- 1990年代以降邦訳や都市伝説集を通じ、日本でも代表的な現代伝説の型として紹介される。
リザレクション・メアリー
アメリカでよく知られる名付きの例が、シカゴ郊外のリザレクション・メアリーである。若い女性がダンスホールの近くで車を止め、リザレクション墓地の前で降ろしてほしいと頼む。墓地へ着くと車内から消え、門の向こうへ白い姿が入ったという目撃談が重なった。
女性を、1930年代に交通事故で亡くなった特定の人物へ結びつける説もある。ただし、事故の日付や本名は語り手によって異なる。墓地、ダンス用の白いドレス、夜道という手がかりから、後になって複数の事故記録が候補に選ばれた。

ブルンヴァンドが集めた話
民俗学者ジャン・ハロルド・ブルンヴァンドは1981年、『The Vanishing Hitchhiker』を刊行した。友人の友人に起きた本当の出来事として語られる身近な噂を集め、その表題に消える同乗者の話を選んだ。各地で地名や家族関係が違っても、車へ乗る、消える、故人と分かるという順序が繰り返されていた。
自動車が普及する前にも、旅人が馬車へ女性を乗せ、家へ着くと消えている話はあった。さらに古い説話には、道で出会った死者を家まで送る筋がある。自動車の怪談になってからは、事故現場と命日を細かく指定し、最近起きた出来事として語り直せるようになった。

日本のタクシー怪談
日本では、手を上げた女性をタクシーが乗せる版が多い。運転手が墓地や郊外の住所へ着き、料金を受け取ろうとすると後部座席は空になっている。会社へ戻るとシートが濡れていた、無線には乗車記録が残っていなかった、と続く。
東日本大震災後には、被災地で亡くなった人を乗せたというタクシー運転手の証言が調査された。これらは欧米の型をそのまま移した匿名の噂とは異なり、運転手が乗車場所や会話を語った記録である。日本で『消えるヒッチハイカー』を紹介する際には、古くからある型と、災害後に聞き取られた個別の体験が並べられることがある。





