医学部の地下にある裏求人
噂の仕事は、求人誌にも大学の掲示板にも載らない。医学部の教授や病院関係者が、信用できる学生へだけ声をかける。夜の地下室へ入ると、ホルマリン臭のする水槽に何体もの遺体が横たわっている。遺体を一体ずつ洗う版もあれば、棒を使って浮かないよう押さえる版もある。
報酬は一晩で数万円、あるいは時給一万円。途中で逃げ出しても口外してはいけない、と言い渡される。働いた本人ではなく、友人の兄、医学部に通う先輩、大学病院に勤める親戚から聞いた話として紹介されるため、求人の場所と担当者の名はいつも伏せられている。

語りの移り変わり
- 1957年大江健三郎が短編『死者の奢り』を発表する。
- 1959年新潮文庫『死者の奢り・飼育』が刊行される。
- 昭和後期以降大学生の高額アルバイトとして、遺体を洗う、運ぶ、沈める版が各地で語られる。
- 2000年代以降医学部教員や都市伝説研究者が、実際の解剖体処置との違いを解説する。
『死者の奢り』のアルバイト
大江健三郎は1957年、短編『死者の奢り』を発表した。語り手の青年は大学医学部の死体収容所でアルバイトをし、女子学生とともに保存液の水槽から遺体を運び出す。暗い地下室、大きな水槽、薬品の臭い、学生が賃金のために死者へ触れる場面がそろっている。
ただし、小説の青年は遺体を洗うために雇われたのではない。工事に伴って水槽を空ける仕事を任され、監督する職員のもとで遺体を別の場所へ移す。後に広まった噂では、運搬が洗浄へ変わり、浮いた遺体を沈め続けるという終わりのない夜勤が付け加えられた。

実際の解剖体処置
医学部の解剖実習に用いられる遺体は、本人の意思による献体を中心に受け入れられる。大学の処置室では、担当職員がホルマリンなどの固定液を体内へ注入し、防腐処置を行う。実習まで保管し、終了後は遺族へ返還するところまで記録を残す。
厚生労働省の資料にも、解剖体を処置室へ移してホルマリン固定する手順が記されている。九州大学が公開した技術資料では、固定液を二日かけて注入する作業や保管の工程が説明されている。身元を伏せた学生を集め、巨大なプールで遺体を棒で沈めさせるという求人は、こうした処置手順には出てこない。

大学生の噂として残る
『死者の奢り』は1959年に新潮文庫へ収められ、その後も長く読まれた。小説を直接読んでいない学生にも、大学病院には死者を扱う秘密の仕事がある、という部分だけが伝わった。高額なのは危険手当だから、精神的に耐えられる者しか続かない、と報酬の理由も整えられた。
大学や病院には、一般の人が入れない地下室、薬品を使う解剖室、専門職員の仕事が実際にある。噂はそこへ大きな水槽と法外な時給を置いた。医学部の教員が新入生へ、毎年この話を聞かれるが事実ではない、と説明した例もある。





