いつもの電車が駅に停まらない
はすみは、普段から利用している私鉄に乗っていました。いつもなら五分から八分で次の駅へ着くはずなのに、二十分を過ぎても電車は走り続けます。車内にはほかの乗客がいるものの、全員が眠っていて反応しません。運転席や車掌のいる場所も遠く、声をかけられませんでした。
掲示板の利用者が緊急停止ボタンや車内放送を確かめるよう助言する中、電車はようやく停まりました。駅名標には平仮名で「きさらぎ駅」。はすみは降りた後、車内に残るべきだったのではないかと不安になり、時刻表も駅員も見つからないホームから実況を続けます。

語りの移り変わり
- 2004年1月8日「はすみ」と名乗る投稿者が、存在しないきさらぎ駅から掲示板へ実況する。
- 2010年代異界駅の派生、後日談、小説やゲームへの翻案が増える。
- 2022年実写映画『きさらぎ駅』が公開され、遠州鉄道が記念企画を行う。
- 2025年遠州鉄道で『きさらぎ駅』を題材にしたラッピング電車が運行される。
線路を歩くと太鼓の音がする
駅の外には建物も人影もなく、公衆電話もタクシーもありません。携帯電話で家族へ連絡しても、警察へ駅名を告げても場所を特定できませんでした。遠くで太鼓と鈴のような音が聞こえ、片足だけの男が「線路を歩くな」と叫びます。振り返ると、その男は消えていました。
はすみは線路沿いを歩き、「伊佐貫」と書かれたトンネルへ入ります。掲示板では、暗いトンネルを一人で進まないほうがいいという返信が相次ぎます。それでも駅へ戻る道もなく、向こう側に明かりが見えたため、はすみはトンネルを抜けました。

車に乗った後、書き込みが止まる
トンネルの先で一人の男が現れ、近くの駅まで車で送ると言います。はすみは乗り込みますが、車は山のほうへ向かい、男は独り言をつぶやき始めました。掲示板からは、すぐ車を降りるよう何度も返信が届きます。
携帯電話の電池が少なくなったはすみは、隙を見て逃げるつもりだと書きました。「バッテリーがピンチなので、これで最後にします」という投稿を境に、当夜の実況は途切れます。無事に帰宅したという書き込みは、その流れには残っていません。

遠州鉄道が紹介する架空の駅
投稿には新浜松発の電車という情報があり、遠州鉄道が舞台ではないかと推測されました。遠州鉄道の公式サイトも、きさらぎ駅を「実際には存在しない鉄道駅」と説明し、平仮名の駅名や新浜松からの乗車時間が近い「さぎの宮駅」をモデル候補として紹介しています。
遠州鉄道は2022年の映画公開時にギャラリー電車を走らせ、さぎの宮駅の看板を一月八日限定で「きさらぎ」に装飾しました。記念切符やラッピング車両も作られています。現実の駅が怪異の現場として確認されたのではなく、掲示板の手がかりを受けた企画として行われたものです。

別の駅と帰還者が増えていく
きさらぎ駅が知られると、「やみ駅」「かたす駅」「つきのみや駅」など、通常の路線にはない駅へ着いたという投稿が続きました。はすみの後日談を名乗る文章や、駅のホームを撮影したという画像も出回りますが、2004年の実況と同じ投稿者によるものか確認できない例が含まれます。
2010年代には小説、漫画、ゲームで取り上げられ、2022年には実写映画『きさらぎ駅』が公開されました。作品では駅舎や異界の規則が詳しく作られています。最初の記録に残るのは、短い投稿と返信が深夜に重なり、読者が道を尋ねながら一人の乗客を追った時間です。




