TNT地区から町まで追ってくる
四人は最初、工場跡の発電所近くで怪物を見た。走る姿は不器用だったが、車が州道62号へ出ると、翼をほとんど動かさずに上空をついてきた。ロジャーは時速百マイル近くまで速度を上げたという。町へ着いた四人は保安官事務所へ駆け込み、ミラード・ハルステッド副保安官に同じ説明をした。
警官たちが一緒に現場へ戻ると、怪物は見つからなかった。無線には耳障りな音が入り、近くでテレビが乱れたという証言だけが加わる。翌11月16日、ポイント・プレザント・レジスター紙は『二組のカップルが人間大の鳥……生物……何かを見る』という迷いの残る見出しで事件を載せた。

語りの移り変わり
- 1966年11月15日二組の若い夫婦がTNT地区で翼のある怪物を見て、車で追われたと保安官へ届ける。
- 1966年11月16日地元紙が事件を報じ、周辺から赤い目や翼の目撃談が相次ぐ。
- 1967年12月15日シルバー・ブリッジが崩落し、46人が亡くなる。後にモスマンとの関係が語られる。
- 1975年以降ジョン・キールの著書、映画、祭り、博物館を通じて町を代表する怪異になる。
赤い光を見た人々
最初の記事が出ると、TNT地区や周辺の道路で赤い目を見たという連絡が続いた。若い母親マーセラ・ベネットは友人宅の近くで、地面からゆっくり立ち上がる灰色のものを見て、幼い娘を抱いて家へ逃げた。セイラムに住むニューウェル・パートリッジは、その前夜、納屋の近くに赤い光を見た。飼い犬バンディットが光へ向かって走り、そのまま戻らなかったと話した。
外見は証言ごとに揃わない。頭が肩に埋まっていた、目ではなく胸の位置が光った、羽毛は見えなかったという人もいる。大きなフクロウやツルを見誤ったという説明が当時から出たが、町の人々は数夜にわたって銃を持ち、廃工場跡を探した。

シルバー・ブリッジが落ちた日
翌年の1967年12月15日、ポイント・プレザントとオハイオ州ガリポリスを結ぶシルバー・ブリッジが夕方のラッシュ時に崩落し、46人が亡くなった。事故調査では、吊り材のアイバーに生じた小さな亀裂から破断が始まったことが突き止められた。橋の設計と金属疲労が原因であり、怪物の目撃は調査報告に関係しない。
しかし目撃談が事故の前後に途絶えたため、モスマンは惨事を知らせに来た、あるいは引き起こしたという話が広がった。記者ジョン・キールは1975年の『The Mothman Prophecies』で、翼の怪物、不可解な電話、黒服の男、橋の崩落を一つの記録へまとめた。2002年の映画化で、この結びつきはさらに有名になった。

怪物が町の看板になる
ポイント・プレザントでは2002年からモスマン祭が開かれ、2003年にはメイン・ストリートへ金属製の像が立った。地元出身のジェフ・ワムズリーが集めた新聞、警察資料、証言はモスマン博物館に展示されている。最初の目撃者たちが走り込んだ町へ、今度は各地から見物客が来るようになった。
町の菓子やシャツに描かれる姿は、赤い丸い目と大きな蛾の羽を備えている。1966年の記事は『鳥か、生物か、何か』と名前さえ決めかねていた。モスマンという呼び名が定着し、絵が一つの姿へまとまったのは、新聞報道の後だった。





