怒りと悲しみを一つの顔に彫る
般若の額には角が生え、目には金属板をはめて鋭く光らせる。口は耳元まで裂け、上下の牙がのぞく。鬼の顔でありながら、眉は苦しげに寄り、目の下から頬にかけてこけている。正面から照らされた面を少し上へ向ければ牙と目が目立ち、客席をにらむ顔になる。反対に伏せると目元が陰り、悲しんでいるように見える。
能面は表情を大きく動かせない。演者は首をわずかに上げ下げし、光の当たり方を変えて感情を見せる。般若には怒りだけでなく、愛する相手への執着や、元の女へ戻れない苦しさまで彫り込まれているため、同じ面で激しい場面と静かな場面を演じられる。

語りの移り変わり
- 室町時代能の発達とともに、現在の般若へつながる鬼女面の形式が整う。
- 能『葵上』六条御息所の生霊が後半で鬼女となり、般若を着ける。
- 能『道成寺』白拍子が鐘へ飛び込み、蛇体の女として般若の姿を現す。
- 近世以降能面を離れ、角のある女鬼の図像としても広まる。
六条御息所から道成寺の蛇まで
『葵上』では、光源氏への思いを断てない六条御息所の生霊が、葵上の病床に現れる。前半は泥眼などの女面を着けるが、後半では般若となり、祈祷する横川小聖と争う。高貴な女性の面影を残す役には、肌の白い白般若が選ばれる。
『道成寺』では、鐘供養に現れた白拍子が鐘の中へ飛び込み、かつて僧を焼き殺した蛇体の女の姿を現す。『黒塚』では、旅の僧を襲う安達原の鬼女が般若を着ける。激しい性格の役には赤みの強い赤般若、さらに荒々しい鬼女には黒般若が使われることがある。色が濃くなるほど、鬼の気配も強まる。

なぜ鬼の面を般若と呼ぶのか
「般若」は本来、仏教で物事の真実を見抜く智慧を指す言葉で、鬼女とは正反対に聞こえる。面の名の由来は一つに決まっていない。般若坊という面打ちが作ったためとも、般若経を読めば女の怨みから逃れられるためともいわれるが、確かなことは分かっていない。室町時代には現在につながる造形が整い、江戸時代には能面の代表として定着した。
般若面は能舞台を離れ、絵画、刺青、祭りの仮面にも取り入れられた。そのため、角のある女鬼そのものを「般若」と呼ぶことも多い。ただし能では、最初から人を襲うだけの怪物ではない。女が面を替え、鬼の姿で再び舞台へ出てくるまでに、失恋や嫉妬、孤独が積み重なっている。般若の険しい顔に悲しみが残るのは、その前の時間を消さないためである。






