古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑輪入道
FILE 24 / 路上・火

輪入道

わにゅうどう

燃える車輪に僧の顔が浮かぶ

京都の東洞院通に、夜ごと燃える車輪が現れた。車輪の真ん中には男の顔があり、轟音を立てて道を走る。町の者は恐れて戸を閉ざしたが、一人の女が好奇心に負け、戸の隙間から外をのぞいた。怪物は女に気づくと、「我を見るより、汝の子を見よ」と言い放つ。女が振り返ると、幼い子は両脚を失っていたという。

夜道を炎の車輪で走る輪入道と閉ざされた町家
夜道を炎の車輪で走る輪入道と閉ざされた町家

東洞院通を走る燃える車輪

延宝五年(一六七七)刊行の『諸国百物語』には、京都の東洞院通へ現れた「片輪車」の話がある。毎晩のように、火に包まれた車輪が通りを走るため、人々は日が暮れると表へ出なくなった。姿を見た者には災いが起こると恐れられていた。

近所に住む女は、見てはならないと言われるほど見たくなり、格子戸からそっと外をうかがった。車輪は家の前で止まり、中央の恐ろしい顔が女をにらむ。「我を見るより、汝の子を見よ」。家の中では子が泣いており、両脚が引きちぎられていた。車輪の怪は、のぞき見た代償を子に負わせたのである。

夜の坂道を焦げ跡だけ残して走り去り、炎の輪の中央に僧の顔が浮かぶ輪入道の場面
夜の坂道を焦げ跡だけ残して走り去り、炎の輪の中央に僧の顔が浮かぶ輪入道の場面

語りの移り変わり

  1. 1677年『諸国百物語』に、京都・東洞院通を走る片輪車の怪談が載る。
  2. 江戸中期『諸国里人談』に、近江国の片輪車と子を失った女の話が収められる。
  3. 1779年鳥山石燕『今昔画図続百鬼』が輪入道と片輪車を別々に描く。
  4. 近現代炎の車輪に男の顔を持つ妖怪として小説、漫画、ゲームへ登場する。

車輪にされた罪人の顔

鳥山石燕は『今昔画図続百鬼』で、炎をまとった牛車の車輪に、剃髪した男の巨大な顔を描いた。名は「輪入道」。詞書には、悪行を重ねた者が車裂きの刑を受け、その魂が車輪の中に残って人々を脅かす、といった由来が添えられている。

牛車が都を行き交った時代、車輪は人の背丈ほどもある巨大な道具だった。暗い道をきしみながら進む輪に顔と炎を加えれば、それだけで逃げ場のない怪物になる。輪入道に遭った者は魂を抜かれたり、手足を奪われたりするとされ、ただ姿を見ることさえ禁じられた。

夜の都大路で人々が戸を閉め、遠くから近づく燃える車輪を避ける場面
夜の都大路で人々が戸を閉め、遠くから近づく燃える車輪を避ける場面

輪入道と片輪車

石燕の画集には、輪入道とは別に「片輪車」も載る。こちらは燃える車輪に裸の女が乗り、幼児の脚を手にしている。近江国甲賀郡の伝説では、女が禁を破って片輪車を見たため子をさらわれるが、後悔を歌に書いて戸口へ貼ると、怪物は子を返したという。

古い怪談では両者の名や姿がはっきり分かれていなかった。石燕が男の顔の車輪を輪入道、女を伴う車輪を片輪車として描き分けたことで、二体の妖怪として知られるようになる。夜道を走る車輪、のぞいてはならない禁、奪われる子という材料は、今も双方の話に残っている。

炎に包まれた牛車の輪の中央へ、苦しげな僧の顔が浮かぶ場面
炎に包まれた牛車の輪の中央へ、苦しげな僧の顔が浮かぶ場面
輪入道を覗いた住人が窓辺で息をのみ、火の粉が軒先へ舞う場面
輪入道を覗いた住人が窓辺で息をのみ、火の粉が軒先へ舞う場面
夜明けの坂道に車輪の焦げ跡だけが残り、人々が遠巻きに確かめる場面
夜明けの坂道に車輪の焦げ跡だけが残り、人々が遠巻きに確かめる場面
SOURCES

主な参考資料