古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑ぬらりひょん
FILE 23 / 家・夕暮れ

ぬらりひょん

ぬらりひょん

つかみどころのない客人妖怪

夕方の忙しい時刻、どこからともなく老人が屋敷へ入り、主人のような顔で茶を飲む。家の者は妙だと思いながらも、なぜか追い出せない――現在よく語られるぬらりひょんは、そんな妖怪である。ただし江戸時代の妖怪画集に描かれたのは、異様に長い頭を持つ老人の姿だけだった。何をする妖怪なのか、なぜ「総大将」になったのか。絵から始まった人物像は、時代を下るごとに肉づけされている。

夕暮れの商家へ悠然と上がり込む長い頭のぬらりひょん
夕暮れの商家へ悠然と上がり込む長い頭のぬらりひょん

名前だけが添えられた老人

江戸時代の絵巻『百怪図巻』や妖怪画集『画図百鬼夜行』には、立派な着物を着た老人が描かれている。剃り上げたような頭は後ろへ長く張り出し、片手を前へ出して、どこかへ歩いている。鳥山石燕の絵にも説明文はなく、脇に「ぬらりひょん」と名が記されるだけだ。

このため、当時の人が絵を見てどのような話を思い浮かべたのかは分からない。ぬらりくらりと捕まえどころのない様子から名づけられたとも、岡山県の海に浮かぶ丸いものを「ぬらりひょん」と呼んだ記録と関係するともいわれる。もっとも、海の怪異と老人の絵を直接結ぶ資料は確認されていない。

夕方の商家で家人が気づかぬまま上座に座り、茶を飲むぬらりひょんの場面
夕方の商家で家人が気づかぬまま上座に座り、茶を飲むぬらりひょんの場面

語りの移り変わり

  1. 1737年佐脇嵩之『百怪図巻』に、長い頭の老人として描かれる。
  2. 1776年鳥山石燕『画図百鬼夜行』に名と姿が収録される。
  3. 昭和期屋敷へ勝手に上がり込む妖怪として事典類に紹介される。
  4. 近現代漫画や映像作品を通じて「妖怪の総大将」という像が定着する。

人の家で勝手に茶を飲む

昭和期の妖怪事典では、ぬらりひょんは夕暮れどきに商家や屋敷へ入り込むと説明される。家人が仕事に追われる隙に座敷へ上がり、煙草を吸ったり茶を飲んだりする。見慣れない顔なのに、その場にいる者は主人や客だと思い込み、咎められない。気づいた時には老人の姿だけが消えている。

古典の挿絵に、この訪問譚は書かれていない。正体も行動も不明な老人を説明するため、後世の著者が「ぬらりと屋敷へ入り、ひょんと帰る」話を整えた可能性が高い。それでも、招かれていない者が当然のように上座へ座る場面は絵の風貌によく合い、ぬらりひょんの代表的な逸話になった。

近世の妖怪画で、頭の長い老人姿のぬらりひょんが静かに歩く場面
近世の妖怪画で、頭の長い老人姿のぬらりひょんが静かに歩く場面

いつから妖怪の総大将になったのか

現在のぬらりひょんは、しばしば「妖怪の総大将」と呼ばれる。だが『百怪図巻』や『画図百鬼夜行』に、妖怪たちを従える話はない。豪奢な着物、老人らしい落ち着き、勝手に上座へ収まるという後世の説明が、首領らしい印象を作ったのだろう。

総大将の姿を広く知らしめたのは、昭和以降の漫画やテレビ作品だった。水木しげるの作品では敵方の大物妖怪として登場し、その後の創作でも一団を率いる役が繰り返された。名と一枚の絵しかなかった妖怪が、物語を与えられるたびに地位を上げ、ついには百鬼夜行の頂点へ座ったのである。

夕暮れの商家へぬらりひょんが自然に上がり込み、上座へ向かう場面
夕暮れの商家へぬらりひょんが自然に上がり込み、上座へ向かう場面
家人が忙しく立ち働くそばで、ぬらりひょんだけが茶を飲んでくつろぐ場面
家人が忙しく立ち働くそばで、ぬらりひょんだけが茶を飲んでくつろぐ場面
帰り際のぬらりひょんを見て、家人たちが初めて見知らぬ客と気づく場面
帰り際のぬらりひょんを見て、家人たちが初めて見知らぬ客と気づく場面
SOURCES

主な参考資料