宇治橋で待つ姫
『古今和歌集』には、「さむしろに衣片敷き今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫」という歌がある。宇治の橋姫が敷物の上で、今夜も一人、訪れる人を待っているのだろうかと詠む。ここでは恐ろしい鬼ではなく、橋のほとりにいる寂しい女の姿である。
橋は川の両岸をつなぐ一方、水上と陸上の境でもある。宇治橋には橋を守る神がまつられ、橋姫神社が現在も残る。美しい橋姫を、別の橋を褒める話の前で口にすると嫉妬する、婚礼の行列で社前を通ってはいけない、という禁忌も語られた。

語りの移り変わり
- 905年ごろ『古今和歌集』が宇治橋で人を待つ橋姫を歌に詠む。
- 中世『平家物語』剣巻に、女が宇治川で鬼となり安倍晴明と対する話が載る。
- 室町時代能『鉄輪』が貴船参り、夫婦の人形、鬼女の襲撃を舞台化する。
- 近世鉄輪とろうそくを付けた丑の刻参りの姿が絵画と怪談に定着する。
宇治川で鬼へ変わる
『平家物語』剣巻の女は、鉄輪を逆さにかぶり、五つの角と三つの火を頭に載せる。両端を燃やした松明を口にもくわえ、夜の都を走った。宇治川へ二十一日浸かった後、生きたまま鬼となり、夫の親族や、自分と関わりのない人まで次々に殺す。
狙われた夫は陰陽師の安倍晴明へ助けを求める。晴明は夫と新しい妻の人形を作り、護法を呼んで鬼女を待った。鬼女は人形を見つけて髪をつかみ、夫を奪おうとするが、神々に攻められて退く。時が来れば必ず命を取ると言い残し、姿を消した。

鉄輪をいただく鬼女
能『鉄輪』では、夫に捨てられた女が貴船へ通い、社人の夢を通じて鬼になる方法を教えられる。後半では橋姫の面を着け、鉄輪の火を揺らしながら夫婦の人形へ迫る。物語の女に固有名はないが、宇治川で鬼になったため「宇治の橋姫」と呼ばれるようになった。
夜中に神社へ行き、頭の鉄輪へろうそくを立て、藁人形へ釘を打つ「丑の刻参り」は、近世の絵や芝居で姿が整う。橋姫の鉄輪と似ているものの、剣巻の女は藁人形へ五寸釘を打ってはいない。古い橋の神、和歌で人を待つ女、夫を恨んで鬼になる女、呪詛を行う丑の刻参りが、頭上の火と嫉妬を介して重なった。






