棺を空へさらうもの
火車が来る前には、にわかに雲が湧き、風雨と雷が起こる。葬列の棺が持ち上がり、中の死者だけが奪われる。屋内の葬式でも、屋根を破って手が伸びる、棺の蓋が開くという話がある。捕まった死者は地獄へ連れて行かれ、家へ戻らない。
僧が法力で追い払う話では、棺の上に座り、怪物の手や尾を切り落とす。残った手が猫の前脚だったと分かることもある。別の土地では、棺へ刃物、剃刀、箒を置き、火車が触れないようにした。葬式の間は飼い猫を部屋へ入れないという禁忌も伝わった。

語りの移り変わり
- 中世仏教説話と地獄絵に、罪人を地獄へ運ぶ火の車が描かれる。
- 近世葬式で死体を奪う怪物と老猫の話が「火車」の名で各地に記される。
- 1776年鳥山石燕『画図百鬼夜行』が雲と炎の中の火車を描く。
- 近代民俗採集が棺へ箒や刃物を置く防ぎ方、猫を遠ざける禁忌を記録する。
年老いた猫が死体を狙う
猫が火車の正体とされる話は全国にある。長く飼われた猫が人の言葉を理解し、葬式の日に巨大な姿となって主人の遺体をさらう。梁の上から棺へ飛び降りる、屋根で踊る、雲に乗って飛ぶなど、猫又や化け猫の話とも境目が近い。
猫が死体のそばを飛び越えると死者が起き上がる、という言い伝えもあった。遺体を家に安置し、夜通し人が見守る時代には、動物を近づけないことが実際の作法にもなる。火車の猫は、葬送の場へ入り込む獣への警戒と、死者が正しく送られない不安の中に現れた。

地獄の車から妖怪の名へ
仏教の説話や絵には、炎を上げる車が罪人を地獄へ運ぶ場面がある。「火の車」は、生前の悪業の報いが逃れられないことを目に見える形にした。家計がひどく苦しい状態を「火の車」と呼ぶ言い回しも、身を焼くほど切迫した苦しさから来ている。
近世の随筆や妖怪画では、火車は炎に包まれた猫の怪物として描かれるようになった。鳥山石燕は『画図百鬼夜行』で、燃える車輪ではなく、雲と炎の中で死体をつかむ毛深い獣を描いた。地獄から来る乗り物、雷雲の怪物、年老いた猫が、葬式で遺体を奪うという一点で同じ名を持った。






