捨てられた道具の相談
室町時代に成立した『付喪神記』は、作られて百年を経た道具には魂が宿り、人の心を惑わせるという説明から始まる。人々は道具が妖怪になるのを避けるため、百年目を迎える前に煤払いで捨てた。路上へ集められた器物は、その仕打ちを恨み、人へ仇を返そうと話し合う。
数珠の一連入道は、世話になった人へ報復するのは道に外れると止めた。だが仲間は聞き入れず、入道を追い出してしまう。やがて変化の神が現れ、道具へさまざまな妖怪の姿を与えた。臼、釜、鏡、琵琶、笠、櫛が、元の形を残したまま目や口、腕、角を持つ。

語りの移り変わり
- 室町時代御伽草子『付喪神記』が、捨てられた道具の復讐と成仏を描く。
- 節分の夜(作中)古道具が変化の神から姿を与えられ、妖怪となる。
- 江戸時代妖怪画集が傘、琴、袋、払子など個々の器物妖怪を描き出す。
- 近現代長く使った物へ魂が宿るという広い意味で付喪神の名が定着する。
都へ出た器物の一団
妖怪となった道具は、男女の姿へ化けて人をだまし、家畜を奪い、酒と食べ物を集めた。山中に御殿を構え、四季の遊びを尽くして暮らす。人の命まで奪うようになると、帝は祈祷を命じた。
護法童子が妖怪の屋敷へ攻め込み、器物たちは火や毒を吐いて抵抗する。しかし法力には勝てず、散り散りになって山奥へ逃げた。そこで、初めに追い出した一連入道と再会する。入道は彼らを見捨てず、真言宗の僧へ案内した。

妖怪から仏へ
僧は、草木や道具にも仏となる道があると教える。器物たちはこれまでの行いを悔い、山へこもって修行した。最後には人の姿を超え、そろって成仏する。『付喪神記』は古道具が暴れる場面だけで終わらず、捨てた人への恨みから仏道へ入るまでを上下二巻で描いている。
今日の「付喪神」は、長く使われた物に心が宿るという意味で幅広く使われる。一方、絵巻に登場する道具がすべて百年を迎えたとは書かれていない。人が妖怪化を恐れて早めに捨て、そのために怒った器物も含まれる。傘、提灯、履物など個別の道具妖怪は、百鬼夜行絵巻や鳥山石燕の画集を経て、それぞれの名と姿を得ていった。






