渡辺綱が抱いた赤子
『今昔物語集』には、源頼光に仕えた平季武が産女へ会う話がある。仲間が怖がるなか、季武は度胸を示そうと川を渡る。水の中に女が立ち、赤子を抱いてくれと頼んだ。受け取って戻ろうとすると、女は子を返せと追いすがる。それでも季武は離さず、岸へたどり着いた。
屋敷へ戻って包みを開くと、赤子は木の葉に変わっていた。説話の本文では渡辺綱ではなく平季武だが、後世には頼光四天王の中でも名高い綱の豪胆譚として語られる版が増えた。鬼を斬る武者と、夜の川で赤子を抱く武者が、同じ豪勇の話として重ねられた。

語りの移り変わり
- 平安末期『今昔物語集』に平季武が川で産女の赤子を受け取る話が載る。
- 中世~近世武将の豪勇譚、出産で亡くなった女性の霊、福を授ける話へ枝分かれする。
- 1776年鳥山石燕『画図百鬼夜行』が赤子を抱く産女を描く。
- 近代民俗採集が橋、川辺、墓地に現れる各地の産女を記録する。
重くなる子を手放さない
各地の伝承では、産女から受け取った子が急に重くなる。腕がしびれ、足が土へめり込みそうになっても、頼まれた者が抱き続けると夜が明ける。腕に並外れた力が付く、赤子が黄金や石に変わる、家が栄えるといった結末がある。反対に、怖がって投げ出した者は病気になる。
女が立つ場所は橋、川辺、辻、墓地など、人が夜に通る境目である。雨や血で腰から下が濡れている姿も語られた。姿を詳しく見ず、赤子の泣き声だけを先に聞く話もある。

亡くなった母と子の行方
産女は、妊娠中や出産時に亡くなった女性の霊と説明されてきた。子を残した心残りから現れ、通りかかった人へ一時だけ預ける。江戸時代の『画図百鬼夜行』では、血に染まった腰巻を着け、赤子を抱く女として描かれた。
夜ごと飴屋へ通い、墓の中の子へ食べ物を運ぶ「子育て幽霊」と近いが、話の動きは違う。産女は道で生きた人へ赤子を渡し、その重さで相手を試す。子育て幽霊は店から墓へ通い、店主が後を追って埋葬された子を見つける。土地によって二つの名が重なる場合もあるため、女がどこへ現れ、赤子を誰が抱いたかをたどると筋を分けられる。






