紅葉見物の宴
能『紅葉狩』で、平維茂は鹿狩りの途中、戸隠山で身分の高そうな女の一行に出会う。女たちは紅葉の下へ幕を張り、酒宴を開いていた。維茂は誘いを断れず、酒を重ねる。女の舞を見ながら深く眠り込んだ。
八幡の神が夢へ現れ、女の正体は鬼だと知らせ、神剣を授ける。維茂が起きると宴の跡はなく、山から鬼女が現れる。鬼は火を吐いて襲うが、維茂は神剣で斬り伏せる。能の本文では、この鬼女を紅葉とは呼ばない。

語りの移り変わり
- 室町時代能『紅葉狩』が、美女に化けた戸隠山の鬼と平維茂の戦いを描く。
- 江戸時代浄瑠璃や絵画に紅葉狩が取り入れられ、鬼女の名や土地の話が重なる。
- 1887年河竹黙阿弥の歌舞伎舞踊『紅葉狩』が初演される。
- 明治中期『戸隠山鬼女紅葉退治之伝』が呉葉の出生から討伐までを詳しく物語る。
呉葉から紅葉へ
現在よく知られる伝説では、子のなかった笹丸と菊世が第六天魔王へ願い、呉葉という娘を得る。一家は都へ出て、呉葉は紅葉と名を変え、源経基の側室になった。正妻を呪った疑いで信濃へ流される。
鬼無里で暮らし始めた紅葉は、読み書きや医術を里人へ教えたともいう。やがて都へ戻る望みを捨てられず、荒倉山で山賊を従えて村々を襲う。朝廷は平維茂を遣わし、紅葉は討たれた。こうした詳しい生涯は明治期の『戸隠山鬼女紅葉退治之伝』などで形を整えた。

戸隠と鬼無里に残る二つの顔
長野市の戸隠、鬼無里には、紅葉の岩屋、屋敷跡、墓とされる場所が点在する。戸隠では維茂に退治された鬼女の話が前に出る。一方、鬼無里では都の文化を伝え、村人に慕われた女性の面も大切にされる。
歌舞伎『紅葉狩』では、前半の美しい姫と後半の荒々しい鬼を一人の役者が踊り分ける。土地の伝説も同じように、都から来た教養ある女と山の鬼を、一人の紅葉の中に残している。






