古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑九尾の狐・玉藻前
FILE 05 / 狐・変化

九尾の狐・玉藻前

きゅうびのきつね・たまものまえ

海を渡って重なった妖狐の記憶

鳥羽上皇の御所に、玉藻前という若い女が仕えていた。書物を問われれば知らないことはなく、楽器にも歌にも通じ、体から香りが漂う。嵐で御殿の灯が消えた夜には、玉藻前の体が光を放ったという。やがて上皇が原因不明の病に倒れ、陰陽師が祈祷を行うと、才女は宮中から姿を消した。

月夜の野に九本の尾を広げる金色の妖狐
月夜の野に九本の尾を広げる金色の妖狐

宮中を照らした玉藻前

御伽草子『玉藻前』では、上皇が美女を集めた席へ、身元の分からない一人の女が現れる。十六、七歳ほどで、あらゆる学問と芸に通じていたため玉藻前の名を与えられた。上皇は寵愛するが、ほどなく重い病にかかる。医師にも僧にも原因が分からない。

陰陽師の安倍泰成は、玉藻前が変化したものだと見抜き、泰山府君の祭を行う。祭具を捧げる役を命じられた玉藻前は逃げることができず、ついに金色の狐の姿を現して宮中を飛び出した。那須野まで追われた狐は、三浦介と上総介の軍勢を相手に人馬を倒す。二人は犬追物の稽古を重ね、矢で狐を射止めた。

月夜の殺生石から狐火が立ち、岩の背後に九本の尾の影が広がる玉藻前の場面
月夜の殺生石から狐火が立ち、岩の背後に九本の尾の影が広がる玉藻前の場面

語りの移り変わり

  1. 平安末期(作中)玉藻前が鳥羽上皇へ仕え、正体を見破られて那須野へ逃げる。
  2. 1445年辞書『下学集』に玉藻前の名が現れる。
  3. 室町後期御伽草子絵巻と能『殺生石』が宮中、討伐、石の供養を描く。
  4. 江戸後期『絵本三国妖婦伝』が妲己から玉藻前へ続く三国の九尾狐を描く。

死んだ狐が殺生石になる

妖狐が死んだ後、那須野には近づく生き物を殺す石が残った。上を飛んだ鳥が落ち、そばを通る人や獣が毒気に当たる。石の近くに積もる死骸から、「殺生石」と呼ばれるようになった。

能『殺生石』では、諸国を旅する玄翁和尚が那須野を通り、女から危険な石へ近づかないよう止められる。女は、自分こそ玉藻前の霊だと明かして姿を消した。和尚が石へ供養を行うと石は割れ、狐の霊はこれから仏法へ帰依すると約束する。那須の殺生石は硫黄の臭いが立つ火山性の土地にあり、実在する岩と物語が同じ場所へ重なった。

宮中で玉藻前が三人の公卿を相手に碁盤へ向かう場面
宮中の才女として語られる玉藻前

九尾狐が三国を渡るまで

玉藻前の名が文献で確認されるのは室町時代で、『下学集』や御伽草子、能へ現れる。早い玉藻前の話では、狐の尾を二本とする絵巻もあり、初めから現在の「白面金毛九尾」の姿に統一されていたわけではない。

江戸時代、高井蘭山の読本『絵本三国妖婦伝』は、中国の妲己、インドの華陽夫人、日本の玉藻前を同じ九尾狐の変身として結び付けた。一匹の狐が国を渡り、王のそばへ美女として入り、国を乱す長い来歴が完成する。中国で九尾狐は吉兆として記された時代もあるが、日本の玉藻前物では、上皇の命を吸い取る大妖怪として語られた。

陰陽師が鏡を据え、屏風へ九本の尾を持つ狐の影が現れる場面
人の姿の背後に、九尾の狐の影が浮かぶ
那須野で二人の騎馬武者が九尾の白狐を追う場面
那須野へ逃れた九尾を、武者たちが追う
僧が二つに割れた殺生石へ祈り、九尾の狐の霊影が薄れる場面
殺生石の物語は、鎮めと救いの結末へ向かう
SOURCES

主な参考資料