古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑
FILE 14 / 宮廷・夜

ぬえ

声から姿を与えられた合成の怪

近衛天皇の御代、夜ごと御所の上へ黒雲がかかり、東三条の森から気味の悪い声が聞こえた。天皇は恐怖から病に伏す。弓の名手、源頼政が警護を命じられ、雲の中で動く影へ矢を放った。落ちてきたものへ、家来の猪早太が駆け寄り、太刀でとどめを刺した。

御所の屋根上に現れる猿の顔と虎の脚と蛇の尾を持つ鵺
御所の屋根上に現れる猿の顔と虎の脚と蛇の尾を持つ鵺

黒雲へ放った一本の矢

『平家物語』巻第四「鵺」では、丑の刻になると御所の上へ黒雲が現れ、帝を悩ませた。頼政は先祖の源頼光が怪異を退けた例にならい、弓と二本の矢を携えて待つ。雲の間で何かが動いた瞬間、「南無八幡大菩薩」と念じて矢を放った。

鳴き声とともに怪物が二条城の北へ落ち、猪早太が九度刺した。姿は頭が猿、胴が狸、尾が蛇、手足が虎。鳴き声だけが「ぬえ」に似ていた。頼政は褒美に御剣を受け、宮中で名を上げる。後の版では、矢を射た場所、落ちた場所、褒美の品に違いがある。

御所の屋根を覆う黒雲の中で不気味な鳥声が響き、弓を構える武者の前に鵺の輪郭が現れる場面
御所の屋根を覆う黒雲の中で不気味な鳥声が響き、弓を構える武者の前に鵺の輪郭が現れる場面

語りの移り変わり

  1. 古代ぬえの鳴き声が『万葉集』などで夜の寂しさとともに詠まれる。
  2. 1153年ごろ(物語)近衛天皇を悩ませた怪物を源頼政が御所で射落とす。
  3. 鎌倉期『平家物語』が頼政の鵺退治を収録する。
  4. 近世以降能、歌舞伎、浮世絵と各地の鵺塚が怪物の後日を描き足す。

怪物になる前の『ぬえ』

古歌に出る「ぬえ」は、現在のトラツグミと考えられている。夕方から夜に、細く伸びる声で鳴く鳥である。『万葉集』や『古事記』では、ぬえの鳴き声を寂しい夜や人目を避ける恋に重ねた。猿と狸を合わせた怪物の名ではなかった。

『平家物語』も、頼政が射た怪物そのものを最初から鵺と名付けてはいない。姿の説明に続き、鳴く声が鵺に似ていたと記す。後世の絵、能、歌舞伎がこの異形を「鵺」と呼び、鳥の名が合成獣の名へ移った。

夜の御所で人々が屋根の上から響く正体不明の鳥声へ耳を澄ます場面
夜の御所で人々が屋根の上から響く正体不明の鳥声へ耳を澄ます場面

流された死骸と土地の伝承

退治された鵺の死骸は、空舟に乗せて川から海へ流したという。大阪湾へ着いた死骸を村人が葬ったとする鵺塚が大阪市にあり、芦屋や浜松などにも漂着地を名乗る伝承が残る。同じ体が複数の場所へ流れ着くことはできないが、各地が水路と海を通じて頼政の物語を受け取った。

京都には、頼政が矢尻の血を洗ったとされる鵺池跡の碑がある。実際の御所と池の位置は時代によって変わり、現在の碑は物語を記憶する場所である。浮世絵では、黒雲を割って落ちる巨大な鵺と、弓を構える頼政が好んで描かれた。夜の鳥声から始まった怪異は、四種の獣を持つ姿と複数の墓を得た。

黒雲の中へ源頼政が矢を放ち、雲間に鵺の輪郭が浮かぶ場面
黒雲の中へ源頼政が矢を放ち、雲間に鵺の輪郭が浮かぶ場面
落ちた鵺を武者たちが囲み、猿の顔、虎の脚、蛇の尾を確かめる場面
落ちた鵺を武者たちが囲み、猿の顔、虎の脚、蛇の尾を確かめる場面
近世の絵師が複数の伝本を前に、部位の異なる鵺を描き比べる場面
近世の絵師が複数の伝本を前に、部位の異なる鵺を描き比べる場面
SOURCES

主な参考資料