古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑
FILE 28 / 山・読心

さとり

言葉より先に心を読む山の怪

山小屋で木こりが火を焚いていると、毛深い大きな獣が現れた。木こりが「気味の悪い奴だ」と思えば、そのまま口に出す。「斧で打とう」と考えれば、「斧で打つつもりだな」と笑う。考える前に動かなければ何もできない。ところが、火の中ではぜた木片が偶然獣の顔へ飛ぶと、獣は驚いて逃げ去った。心を読めても、不意に起こることまでは読めなかったのである。

山小屋の焚火越しに人の心を先回りして語る覚
山小屋の焚火越しに人の心を先回りして語る覚

考えたことを先に言う

飛騨や美濃の山で働く木こりの前に、人より大きく、全身を黒い毛に覆われた獣が現れる。獣は焚き火のそばへ座り、木こりの心に浮かんだことを次々と言葉にする。逃げよう、斧を取ろう、火を投げよう。どの考えも行動へ移す前に言い当てられ、木こりは身動きが取れなくなる。

話の結末では、木こりが意図しなかった出来事が獣を退ける。薪が突然はぜて木片が当たる場合もあれば、木こりの手から偶然道具が落ちる場合もある。獣は「思わずしたこと」に驚き、山へ逃げ込む。覚の力には、意志のない偶然だけが通じた。

山小屋で木を割る男の背後に猿のような覚が座り、男の考えを先回りする場面
山小屋で木を割る男の背後に猿のような覚が座り、男の考えを先回りする場面

語りの移り変わり

  1. 1712年ごろ『和漢三才図会』に、中国の大猿「玃」が図入りで紹介される。
  2. 1779年鳥山石燕『今昔画図続百鬼』が飛騨・美濃の「覚」を描く。
  3. 近世以降木こりの考えを先読みし、偶然の一撃に敗れる昔話が各地で語られる。
  4. 近現代人の心を読む妖怪として小説、漫画、ゲームに定着する。

石燕が描いた山の獣

鳥山石燕は安永八年(一七七九)の『今昔画図続百鬼』に「覚」を描いた。岩山にうずくまる獣は猿に似ているが、長い黒髪を垂らし、片手で顔を支えて人間を観察している。詞書には、飛騨・美濃の深山に「玃」というものがおり、山の人は覚と呼ぶ、とある。

石燕の説明では、覚は人の言葉を理解し、心の内を察するが、むやみに人を害さない。人が殺そうと考えれば、先にその意図を知って逃げる。山仕事の場で人を追いつめる後世の昔話に比べると、石燕の覚は用心深く、近づきにくい野生の獣に近い。

深山で木こりが山小屋の前に座る猿のような覚と出会う場面
深山で木こりが山小屋の前に座る猿のような覚と出会う場面

中国の玃と日本の覚

玃は中国の古い書物に登場する大きな猿のような動物で、日本の百科事典『和漢三才図会』にも収められた。石燕が描いた覚の姿は、その挿絵によく似ている。ただし、人の心を読むという名の通りの能力は、日本で「覚」と呼ばれるうちに強くなったらしい。

山中で人の言葉を理解する獣に出会う話は、猿と人間の近さを思わせる。表情や動作から考えを読まれているように感じることもあっただろう。覚は相手の心を声にしてしまうため、山で一人きりになった人間は、自分の考えからも逃げられなくなる。

覚が木こりの考えを言葉より先に口にし、木こりが驚く場面
覚が木こりの考えを言葉より先に口にし、木こりが驚く場面
薪が偶然はぜて覚のそばへ飛び、心を読めなかった覚が飛び退く場面
薪が偶然はぜて覚のそばへ飛び、心を読めなかった覚が飛び退く場面
覚が森の奥へ去り、木こりが無言のまま斧を握って見送る場面
覚が森の奥へ去り、木こりが無言のまま斧を握って見送る場面
SOURCES

主な参考資料