考えたことを先に言う
飛騨や美濃の山で働く木こりの前に、人より大きく、全身を黒い毛に覆われた獣が現れる。獣は焚き火のそばへ座り、木こりの心に浮かんだことを次々と言葉にする。逃げよう、斧を取ろう、火を投げよう。どの考えも行動へ移す前に言い当てられ、木こりは身動きが取れなくなる。
話の結末では、木こりが意図しなかった出来事が獣を退ける。薪が突然はぜて木片が当たる場合もあれば、木こりの手から偶然道具が落ちる場合もある。獣は「思わずしたこと」に驚き、山へ逃げ込む。覚の力には、意志のない偶然だけが通じた。

語りの移り変わり
- 1712年ごろ『和漢三才図会』に、中国の大猿「玃」が図入りで紹介される。
- 1779年鳥山石燕『今昔画図続百鬼』が飛騨・美濃の「覚」を描く。
- 近世以降木こりの考えを先読みし、偶然の一撃に敗れる昔話が各地で語られる。
- 近現代人の心を読む妖怪として小説、漫画、ゲームに定着する。
石燕が描いた山の獣
鳥山石燕は安永八年(一七七九)の『今昔画図続百鬼』に「覚」を描いた。岩山にうずくまる獣は猿に似ているが、長い黒髪を垂らし、片手で顔を支えて人間を観察している。詞書には、飛騨・美濃の深山に「玃」というものがおり、山の人は覚と呼ぶ、とある。
石燕の説明では、覚は人の言葉を理解し、心の内を察するが、むやみに人を害さない。人が殺そうと考えれば、先にその意図を知って逃げる。山仕事の場で人を追いつめる後世の昔話に比べると、石燕の覚は用心深く、近づきにくい野生の獣に近い。

中国の玃と日本の覚
玃は中国の古い書物に登場する大きな猿のような動物で、日本の百科事典『和漢三才図会』にも収められた。石燕が描いた覚の姿は、その挿絵によく似ている。ただし、人の心を読むという名の通りの能力は、日本で「覚」と呼ばれるうちに強くなったらしい。
山中で人の言葉を理解する獣に出会う話は、猿と人間の近さを思わせる。表情や動作から考えを読まれているように感じることもあっただろう。覚は相手の心を声にしてしまうため、山で一人きりになった人間は、自分の考えからも逃げられなくなる。






