親切な老女が包丁を研ぐ
牛方が牛を引いて山道を進んでいると、山姥が現れて荷の魚を求める。一匹渡しても満足せず、次々に食べ、ついには牛まで食べてしまう。牛方は隙を見て逃げ、山姥の家へ先回りする。囲炉裏の上へ隠れて追手を待ち、餅や粥を使った知恵比べの末に山姥を退治する。これは「牛方山姥」と呼ばれる昔話の一型である。
別の話では、山姥は優しい老女のふりをして旅人を泊め、夜中に包丁を研ぐ。逃げる客を追い、川や木の実に姿を変えても見つけ出す。山道で日暮れを迎えた者にとって、人家らしい灯は救いだった。同時に、素性の分からない家へ入ることは新たな危険でもあった。

語りの移り変わり
- 中世山中の異人や老女をめぐる説話が広がり、能『山姥』が作られる。
- 江戸時代山姥が金太郎を育てる母として絵本や芝居に描かれる。
- 近世以降「牛方山姥」「食わず女房」など、多様な昔話が各地で語られる。
- 1910年柳田國男『遠野物語』が山の女や山姥に関わる東北の伝承を記録する。
山を巡る能の山姥
能『山姥』では、山姥を題材にした曲舞で名を得た遊女が善光寺参りへ向かう。越後と越中の境にある山道で日が暮れ、見知らぬ女の家へ泊まることになった。女は、自分こそ本物の山姥だと明かし、遊女にいつもの曲舞を所望して姿を消す。
月夜に現れた山姥は、山を巡り続ける自らの境遇を語り、谷を駆け、峰を越える様子を舞う。人を食う昔話の老女とは異なり、山そのものに生きる孤独な存在である。能の舞台で用いられる山姥の面は、老女の顔に力強さと険しさを備え、後世の絵にも大きな影響を与えた。

金太郎を育てた母
坂田金時の幼少期を語る金太郎伝説では、山姥が金太郎の母とされることがある。足柄山で生まれた金太郎は熊と相撲を取り、山の動物を友として育つ。やがて源頼光に見いだされ、坂田金時として仕える。ここでの山姥は子を食う女ではなく、並外れた力を持つ子を山で育てた母である。
村へ恵みをもたらす山の女、出産を助ける老女、家へ宝を置いて去る山姥の話も各地に残る。山は薪や食料を与える場所であり、吹雪や崖で命を奪う場所でもあった。白髪の女は、そのどちらへも転ぶ。出会った者の振る舞いによって、食人鬼にも助け手にもなるのである。






