古典怪異図鑑CLASSICAL YOKAI ARCHIVE
奇怪千万古典怪異図鑑山姥
FILE 29 / 山・女

山姥

やまうば

旅人を迎える山の老女の両義性

日が暮れた山道で道に迷い、一軒の家を見つける。白髪の老女が旅人を招き入れ、食事と寝床を用意する。だが夜半に目を覚ますと、老女は包丁を研ぎ、客を食う支度をしている。昔話の山姥はこうして人を襲う一方、山仕事を手伝い、富を授け、金太郎を育てる母にもなる。人里の外に住む老女へ、山の危険と恵みの両方が重ねられてきた。

深山の庵で旅人を迎える白髪の山姥と月
深山の庵で旅人を迎える白髪の山姥と月

親切な老女が包丁を研ぐ

牛方が牛を引いて山道を進んでいると、山姥が現れて荷の魚を求める。一匹渡しても満足せず、次々に食べ、ついには牛まで食べてしまう。牛方は隙を見て逃げ、山姥の家へ先回りする。囲炉裏の上へ隠れて追手を待ち、餅や粥を使った知恵比べの末に山姥を退治する。これは「牛方山姥」と呼ばれる昔話の一型である。

別の話では、山姥は優しい老女のふりをして旅人を泊め、夜中に包丁を研ぐ。逃げる客を追い、川や木の実に姿を変えても見つけ出す。山道で日暮れを迎えた者にとって、人家らしい灯は救いだった。同時に、素性の分からない家へ入ることは新たな危険でもあった。

深山の小屋で旅人へ湯を差し出す老女と、背後の山肌に巨大な山姥の影が浮かぶ場面
深山の小屋で旅人へ湯を差し出す老女と、背後の山肌に巨大な山姥の影が浮かぶ場面

語りの移り変わり

  1. 中世山中の異人や老女をめぐる説話が広がり、能『山姥』が作られる。
  2. 江戸時代山姥が金太郎を育てる母として絵本や芝居に描かれる。
  3. 近世以降「牛方山姥」「食わず女房」など、多様な昔話が各地で語られる。
  4. 1910年柳田國男『遠野物語』が山の女や山姥に関わる東北の伝承を記録する。

山を巡る能の山姥

能『山姥』では、山姥を題材にした曲舞で名を得た遊女が善光寺参りへ向かう。越後と越中の境にある山道で日が暮れ、見知らぬ女の家へ泊まることになった。女は、自分こそ本物の山姥だと明かし、遊女にいつもの曲舞を所望して姿を消す。

月夜に現れた山姥は、山を巡り続ける自らの境遇を語り、谷を駆け、峰を越える様子を舞う。人を食う昔話の老女とは異なり、山そのものに生きる孤独な存在である。能の舞台で用いられる山姥の面は、老女の顔に力強さと険しさを備え、後世の絵にも大きな影響を与えた。

日暮れの山道で迷った旅人が、灯りのともる一軒の山小屋を見つける場面
日暮れの山道で迷った旅人が、灯りのともる一軒の山小屋を見つける場面

金太郎を育てた母

坂田金時の幼少期を語る金太郎伝説では、山姥が金太郎の母とされることがある。足柄山で生まれた金太郎は熊と相撲を取り、山の動物を友として育つ。やがて源頼光に見いだされ、坂田金時として仕える。ここでの山姥は子を食う女ではなく、並外れた力を持つ子を山で育てた母である。

村へ恵みをもたらす山の女、出産を助ける老女、家へ宝を置いて去る山姥の話も各地に残る。山は薪や食料を与える場所であり、吹雪や崖で命を奪う場所でもあった。白髪の女は、そのどちらへも転ぶ。出会った者の振る舞いによって、食人鬼にも助け手にもなるのである。

老女が囲炉裏端で旅人へ湯を差し出し、穏やかに迎える場面
老女が囲炉裏端で旅人へ湯を差し出し、穏やかに迎える場面
旅人が夜中に目を覚まし、梁の上へ伸びる山姥の巨大な影を見る場面
旅人が夜中に目を覚まし、梁の上へ伸びる山姥の巨大な影を見る場面
別の伝承で山姥が山中の産婦を助け、赤子を抱いて見守る場面
別の伝承で山姥が山中の産婦を助け、赤子を抱いて見守る場面
SOURCES

主な参考資料