奥座敷にいる見えない子
座敷童子は、岩手県遠野地方ではザシキワラシ、ザシキワラシコなどと呼ばれる。赤い顔に垂れ髪の女児、または坊主頭の男児の姿を取り、家の奥にある座敷や納戸へ住む。家族全員に見えるとは限らず、子ども同士で遊んでいる時、いつの間にか一人増えていることがある。
夜には座敷で走る音を立て、客の枕を動かし、布団を引っ張る。部屋の戸を開けても誰もいない。家では童子のために膳を用意したり、宴会へ招く手順を守ったりした。見えない同居人として丁重に扱われたのである。

語りの移り変わり
- 近世以前東北各地の旧家で、座敷に住む童形の家神が語られる。
- 1910年柳田國男『遠野物語』が座敷童子の退去と旧家の話を収録する。
- 20世紀遠野を代表する伝承として民俗調査や児童文学で広く紹介される。
- 現在座敷童子に会えるとされる旅館や旧家の話が東北各地に残る。
去った家に起きたこと
『遠野物語』第十七話には、土淵村飯豊の旧家から座敷童子が出ていくのを、村の娘が見た話がある。少し後、その家では茸を食べた家族が食中毒を起こし、一人を残して亡くなった。座敷童子の退去が、家の衰亡に先立つしるしになっている。
第十八話では、別の旧家に二人の女児の座敷童子が住む。当主だけが姿を見て、家のほかの者には見えない。家には座頭部屋という小部屋があり、宴の日には戸口で座頭を招くまねをしてから席へ戻るしきたりもあった。旧家の繁栄は、目に見えない客を欠かさず迎えることと結びついていた。

家の神になった子ども
座敷童子の由来には、家の中で亡くなった子、間引かれた子の霊、屋敷を守る神など、さまざまな説明がある。岩手県内でも、蔵に住むクラワラシ、土間にいるノタバリコなど、居場所や姿によって名が変わる。すべてを同じ由来へまとめることはできない。
共通するのは、一つの家と長く結びついている点である。旅人を襲う妖怪のように道で出会うのではなく、代々続く家の奥にいる。豊かになった理由も、没落した原因も外からは見えにくい。その変化を、出入りする子どもの姿で語った。






