泉神社

茨城県

1. 導入

はじめまして、の方もそうじゃない方も。
奇怪千万です。
今回もよろしくどうぞ。

私はふだん、日本各地の心霊スポットを単独で巡っている。
夜の廃墟や、曰くつきのトンネル。
そういう「負」の気配が濃い場所ばかり歩いてきた。

だから今回は、少しだけ趣向を変える。
扱うのはパワースポットだ。
場所は茨城県日立市水木町の泉神社。

正直に言う。
心霊スポット専門の私が、なぜ神社なのか。
理由はいくつかある。

ひとつは、ここが「水のパワースポット」だからだ。
境内には、こんこんと湧き続ける泉がある。
その色は、息をのむほどのエメラルドブルー。

もうひとつは、私のスタンスにある。
私は霊の存在について、肯定も否定もしない。
いわゆる中立派だ。

ならば「力ある場所」についても、同じ目で見たい。
心霊スポットで鍛えた五感は、神社でも働くのか。
負の場所と、正の場所。

その境界に、いったい何があるのか。
それを確かめにいった。

移動は、いつものスーパーカブ。
今回も車も電車も使っていない。

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泉神社は、ただ綺麗なだけの神社ではない。
紀元前まで遡る、創建の伝説。
天から降ってきたという、水晶玉。

龍の形をした、不思議な大木。
人と人の縁を結ぶといわれる、女神。
そして、一分間に千五百リットルも湧き出る霊水。

語るべきことが、あまりに多い。
これは私が見聞きした、泉神社のすべてだ。
順を追って、ひとつずつ見ていこう。

2. 泉神社の歴史と成り立ち

まずは歴史から入りたい。
泉神社は、日立地方でもっとも古い神社とされている。

社伝によれば、創建は人皇第十代崇神天皇の御代。
宇治四十九年、つまり紀元前四十二年と伝えられている。
気の遠くなるような昔だ。

格式も、たいへん高い。
平安時代の『延喜式神名帳』に名を連ねている。
いわゆる延喜式内社だ。

旧郷社という社格も持っていた。
常陸二十八社のひとつにも数えられる、由緒ある社である。

創立の経緯は、こう伝わっている。
久自国造である船瀬宿禰が、朝廷に願い出た。
それを受けた大臣の伊香色雄が、勅命を帯びる。

伊香色雄は、この久自の国に至った。
そして天速玉姫命という神を祀る。
これを久自国の総鎮守とした。

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これが、泉神社のはじまりだという。

ただし、この創建年代には注意も要る。
研究者の間では、矛盾の指摘もあるからだ。

船瀬宿禰は、成務天皇の時代の人物とされる。
崇神天皇の御代とは、時代がずれてしまう。
そのため、後世の創作ではないかという見方もある。

一説には、天武天皇二年の創建とする話もある。
創建年代そのものは、正確には不詳というのが実情だ。

それでも、この地が古くからの聖地だったことは揺るがない。
理由は、はっきりしている。

境内の湧き水は、奈良時代の文献に登場するのだ。
『常陸国風土記』に記された「密筑の里の大井」。
それが、この泉だとされている。

つまり、神社の建物より先に、泉が信仰されていた。
そう考えるのが、もっとも自然だろう。
水こそが、この聖地の出発点なのだ。

中世に入ると、武将たちの崇敬を集めるようになる。
この地は「東夷の荒賊を平討する」最前線とされた。
戦の勝利を願う者が、こぞって祈りに訪れたのだ。

記録に残る人物もいる。
後奈良天皇の御代、享禄三年の棟札がそれだ。
そこには、佐竹義篤が泉神社を崇敬したとある。

義篤は、社殿を修造したと記録されている。
このとき社号は「泉大明神」と改められたという。

佐竹氏の崇敬は、これで終わらない。
永禄三年には、佐竹義昭が社殿の葺き替えを行った。
名門佐竹氏に守られた神社だったわけだ。

江戸時代には、水戸藩の保護下に入る。
寛延三年六月には、造営も行われている。
徳川御三家の庇護を受けた、格の高い社だ。

しかし、この社には火の災いがついて回った。
享和年間、社殿が焼失する。
このとき、古い記録や宝物の多くが散逸してしまった。

歴史を調べる者にとって、これは痛恨だ。
泉神社の古い実像が、煙とともに消えたのだから。

社殿は、文化年間に再建された。
だが昭和三十五年、社殿はふたたび焼失する。
翌昭和三十六年、仮社殿が建てられた。

現在の社殿は、このとき建てられたものが基礎になっている。
本殿は鉄筋コンクリート造の流造。
拝殿は、入母屋造だ。

長い時間のなかで、建物は何度も姿を変えてきた。
焼け、また建て直され、その繰り返し。
それでも泉だけは、変わらず湧き続けている。

この神社には、民俗の宝もある。
「日立のささら」だ。
これは古くから伝わる獅子舞で、昭和三十八年に指定を受けている。

歴史も、信仰も、芸能も。
泉神社は、それらが幾重にも積み重なった場所なのだ。

3. 霊玉降臨の伝説と御祭神

泉神社には、美しくも不思議な起源譚がある。
社記には、こう記されている。

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「上古霊玉此地に天降り霊水湧騰して泉をなす」。
はるか昔、霊なる玉がこの地に天から降った。
すると霊水が湧き上がり、泉となった、という意味だ。

地元に伝わる伝説は、もう少し具体的だ。
まだこの森に、神社も泉もなかった時代の話。

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密筑の里では、日照りが続いていた。
人々は困り果て、雨乞いの祭を行った。
すると天から、あるものが降ってきたという。

それは、人間の頭ほどの大きさの水晶玉だった。
その玉が落ちた場所から、こんこんと泉が湧き出した。
これが泉が森のはじまりだと語り継がれている。

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水不足に苦しむ里に、天が水を授けた。
そんな救いの物語だ。
水のありがたさが、伝説の芯になっている。

御祭神は、天速玉姫命。
読みは「あまのはやたまひめのみこと」。
この霊玉を神格化した神とされている。

神名にある「速玉」は、清く澄んだ泉を意味するという。
つまり、湧き出る泉そのものが神になった。
そう理解するのが、もっとも腑に落ちる。

宝珠、すなわち玉が御神体とされているのも、この伝説ゆえだ。
泉を産んだ玉を、神の体としているわけだ。

ただ、この神は少し謎めいてもいる。
天速玉姫命は、記紀には登場しない神なのだ。

『茨城県神社誌』によれば、こう伝わっている。
天速玉姫命は、天棚機姫命の娘である、と。
天太玉命の后神で、天比理刀咩命とも呼ばれる、と。

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別の説もある。
祭神を速玉男命とする見方だ。
速玉男命は、伊弉諾尊が黄泉から脱出する際に現れた神である。

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ここで、ひとつ面白い符合がある。
速玉男命と同時に現れた神に、泉津事解之男という神がいる。
「泉」と「黄泉」。

直接の関係はないとされる。
だが、泉という社名と並べると、どこか符合めいて見える。
こういう細部に、私はつい引っかかってしまう。

神紋は、葵紋だという。
徳川と同じ三つ葉葵ではないが、水戸藩の保護を思えば意味深い。

いずれにせよ、核心は変わらない。
この神社の神は、水の神であり、泉の化身だということだ。
玉から生まれた清らかな水。

それが、千年以上も人々の祈りを受け止めてきた。
御祭神の正体をめぐる諸説も、すべてはこの泉に行き着く。

4. 泉が森 名水百選の湧水

泉神社を語るうえで、絶対に外せない場所がある。
泉が森だ。

境内の一帯は、緑の濃い森に包まれている。
椎や松などの常緑樹が、こんもりと茂る神域の森。
これが、泉が森と呼ばれている。

茨城県の史跡にも指定されている。
指定されたのは、昭和四十四年のことだ。
学術的にも、価値が認められた森である。

そして森の北東部に、あの泉がある。
周の長さは、約四十メートル。
最大の水深は、約二メートル。

水底は、すり鉢のように中心へ向かって深くなる。
そこには、大小二十あまりの泉穴があるという。
その穴のひとつひとつから、絶えず水が湧き上がっている。

湧出量は、おどろくべき数字だ。
一分間に、およそ千五百リットル。
それだけの清水が、休みなく地中から噴き上がっている。

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水温も、特徴的だ。
一年を通して、十三度前後で安定している。
だから夏は冷たく感じ、冬は暖かく感じる。

白い砂を、もくもくと吹き上げながら湧く。
水の色は、透き通ったエメラルドブルー。
その美しさは、しばしば富士の忍野八海にも例えられる。

宝石のような泉、と評する人もいる。
眺めていると、心が洗われるようだ。
そう書き残す参拝者は、本当に多い。

この清らかさは、お墨つきでもある。
泉が森の湧水は、平成二十年に「平成の名水百選」へ選ばれた。
環境省が認めた、まぎれもない名水だ。

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水の清さは、生き物が証明している。
ここには、イトヨという珍しい魚が棲んでいる。
イトヨは、きれいな湧き水でしか生きられない魚だ。

少しでも水が汚れれば、生きていけない。
そんな魚が暮らしているのだから、水質は折り紙つきだ。

かつてこの泉は、ニジマスの養殖にも使われていた。
今は、イトヨの保護が行われている。
道路を挟んだ向かいには、イトヨの里泉が森公園も整備されている。

この公園は、町の人と市が力を合わせて作ったものだ。
貴重な自然を、未来へ残すために。
そういう思いが込められた場所である。

歴史のなかでも、この泉は名高かった。
江戸時代には、常北十景のひとつに数えられた。
現在も、茨城百景の名勝地となっている。

『常陸国風土記』には、こんな記述も残る。
泉の水は、夏は冷たく、冬は暖かい、と。
湧き流れて、川となっている、と。

さらに、こう続く。
夏の暑いころ、遠近の里から人々が集まった。
酒や肴を持ち寄って、男女が会し、休み、遊び、飲み、楽しんだ、と。

涼しく清らかな泉のほとり。
そこは、古代の人々にとって最高の憩いの場だった。
この何気ない一節が、のちのち大きな意味を持ってくる。

5. パワースポットとしての泉神社

ここからが、本題ともいえる部分だ。
泉神社は、なぜパワースポットと呼ばれるのか。
その要素を、ひとつずつ挙げていきたい。

まず筆頭に来るのが、縁結びである。
天速玉姫命は、縁結びの神として広く知られている。

その由来は、先ほどの風土記の一節にある。
古代、この泉には男女が集い、語らい、楽しんだ。
つまり、出会いの場だったのだ。

知る人ぞ知る、恋愛のパワースポット。
そう紹介されることも多い。
千年以上前から、ここは縁を生む場所だったわけだ。

歴史に裏打ちされた縁結び。
これは、なかなか強い。

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次に、近年とくに話題なのが泉龍木だ。
読みは「せんりゅうぼく」。

これは、境内に現れたという龍の形をした大木である。
頭の部分が、まさに龍の頭に見える。
実際に立つと、大きく、迫力があるという。

辰年には、訪れるべきパワースポットとしてテレビでも紹介された。
平日でも、多くの参拝者が訪れたという。
スマートフォンの待ち受けにすると、ご利益があるとの噂もある。

龍の力を、いただく。
水の神を祀る社に龍が現れる。
これほど据わりのいい話もない。

参拝の楽しみも、豊富だ。
御朱印は、たいへん人気が高い。
泉に浮かべる水みくじも、参拝者に親しまれている。

面白い言い伝えもある。
泉に向かって言葉をかけると、返してくれるという。
こだまのようなものだろうか。

絶え間なく湧く水から、次の力が生まれてくる。
そんなふうに語られている。

境内には、多くの境内社も鎮座している。
ひとつの神域に、これだけの神が集まっているのは見事だ。

泉のなかには、弁天様を祀る厳島神社。
市寸島比売命を祀り、水と芸能、財福の神とされる。

参道には、三峯神社。
伊弉諾神と伊弉冉神を祀り、火防や盗難除けで知られる。

ほかにも、神々が並ぶ。
宇迦之御魂大神を祀る、稲荷神社。
木花開耶姫命を祀る、富士神社。

月讀命と大穴牟遅命を祀る、豊稔神社。
天玉柱屋姫命を祀る、鷺杜神社。

これだけの神が、ひとつの森に集っている。
だからご利益の幅も、おのずと広い。

縁結びだけではない。
五穀豊穣、海上安全。
さまざまな願いを、この社は受け止めてきた。

祭事も、年間を通して営まれている。
元旦祭にはじまり、二月には追儺祭。
春の祈年祭、五月三日の例祭、秋の新嘗祭と続く。

近年は、夏越大祓も行われている。
半年のあいだに積もった罪や穢れを祓う神事だ。
心身を清め、残る半年を健やかに過ごすための祈り。

そして見逃せないのが、立地だ。
泉神社のある日立市の周辺は、聖地が密集している。

近くには、星の神を祀る珍しい大甕神社がある。
さらに足を延ばせば、御岩神社もある。
御岩神社は、日本屈指のパワースポットとして名高い。

水、龍、縁、そして聖地の連なり。
これらが日立の地に、ぎゅっと集まっている。

パワースポットと呼ばれる理由は、十分すぎるほど揃っている。
むしろ、呼ばれないほうがおかしい。

6. 現地参拝 泉のほとりに立つ

ここからは、私自身の参拝の記録だ。

泉神社へは、カブで向かった。
神社は、国道二四五号から少し入った場所にある。
まわりは、ごく普通の住宅街だ。

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正直、着くまでは半信半疑だった。
こんな街なかに、そんなに凄い場所があるのか、と。
心霊スポットを巡る癖で、つい身構えてもいた。

ところが、鳥居をくぐった瞬間に考えを改めた。
空気が、はっきりと変わるのだ。

街の喧噪が、すっと遠ざかる。
木々に包まれ、別の世界に入ったような感覚になる。
これは、お世辞ではない。

鳥居から拝殿まで、参道はそれなりに長い。
この距離には、意味があると思う。
参る人が、心の準備をするための時間だ。

俗世の気分を、少しずつ脱いでいく。
そういう仕掛けなのだろう。
急かされない歩みが、心地よかった。

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右手に御神木。
左手に手水舎。
正面に拝殿。

整然とした配置のなかを、ゆっくり歩いた。
心霊スポットを歩くときの、あの張りつめた感じはない。
ここにあるのは、澄んだ静けさだ。

そして、泉へ降りる。
これが、息をのむ光景だった。

水底まで、まる見えなのだ。
青く、薄く、どこまでも透明。
その底から、白い砂を巻き上げて水が湧いている。

ぽこり、ぽこりと。
砂が踊るように吹き上がる。
ずっと見ていられる。

時間を忘れる、というのはこういうことか。
そう思った。

泉のまわりは、ひんやりと涼しい。
真夏でも、ここだけは別の温度を持っている。
水温十三度の力を、肌で感じた。

私は心霊調査で、場所の「気配」を読む訓練をしてきた。
廃墟やトンネルで感じるのは、たいてい淀みや重さだ。
何かが、そこに溜まっている感覚。

だが、ここはまるで逆だった。
気配が、淀んでいない。
むしろ、流れ、抜けていく。

湧き続ける水のように、空気も澄んで動いている。
そんな印象を、はっきりと受けた。

例の泉龍木も、しっかり見てきた。
なるほど、龍の頭に見える。
自然がつくった造形とは思えない迫力があった。

霊感の有無は、人それぞれだろう。
私は、特別に霊が見える人間ではない。

それでも「ここは何かが違う」という感覚はあった。
そして、それはたぶん、多くの人が持つものだ。
私も、そのひとりになった。

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7. なぜここが「力ある場所」とされるのか

最後に、私なりの考察をしておきたい。
なぜ、ここはパワースポットになったのか。

私の出発点は、いつも同じだ。
噂や伝説を、頭から信じも否定もしない。
まず、なぜそう語られるのかを考える。

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泉神社の核心は、やはり水だ。
古来、湧き水は特別な意味を持ってきた。

水は、命そのものだ。
飲み水であり、田畑を潤すものでもある。
清らかな水が湧く場所は、それだけで聖地になり得た。

しかも、ここの水はただの水ではない。
夏は冷たく、冬は暖かい。
一年中、安定して湧き続ける。

科学的にも、理由はある。
地中深くから来る水は、外気の影響を受けにくい。
だから一年を通して、ほぼ一定の温度になる。

古代の人には、それが「不思議な力」に見えただろう。
日照りでも涸れない泉。
それは、まさに天の恵みだった。

雨乞いと水晶玉の伝説も、そこから生まれたはずだ。
水への感謝と、畏れ。
それが、物語の形をとった。

私は、そう解釈している。

縁結びの由来も、無理がない。
涼しく快適な泉のほとりに、人が集まる。
そこで、自然と出会いも生まれる。

風土記の「男女会集いて」の一節が、それを物語っている。
信仰というものは、こうした実際の暮らしから育つ。
机上の空論ではないのだ。

ここで、私の本業の話をさせてほしい。
私は心霊スポットを「負の集積」だと考えている。

人の不安や、恐れ、悲しみ。
そういう感情が、場所に溜まっていく。
だから、心霊スポットは淀む。

泉神社は、その対極にあると感じた。
ここは「正の集積」だ。
感謝や、祈り、喜び。

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そういう感情が、千年以上も積み重なってきた場所。
方向が、まるで違うのだ。

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そして物理的にも、ここの水は淀まない。
一分間に千五百リットルで、つねに入れ替わっている。
止まらない水は、腐らない。

この「淀まなさ」こそが、力の正体ではないか。
私は、そう考えている。

霊が見えるかどうかは、本質ではない。
千年以上、人が清い水に手を合わせてきた。
その時間の重みが、確かにこの場所にある。

それを「パワー」と呼ぶなら、私は否定しない。
むしろ、深く納得して頭を下げた。

心霊スポットばかり巡る私が言うのもなんだが。
たまには、こういう澄んだ場所も悪くない。
そう思える参拝だった。

8. 参拝の作法とアクセス情報

実際に訪れる方のために、情報をまとめておく。

所在地は、茨城県日立市水木町二丁目。
国道二四五号沿いにある。

公共交通機関なら、JR常磐線の大甕駅が最寄りだ。
駅から徒歩で、およそ十分から十五分。
ひたちBRTの泉ケ森バス停からは、徒歩五分ほどだ。

車の場合は、常磐自動車道の日立南太田インターから車で少し走る。
駐車場は、第一と第二があり、あわせて多くの台数をとめられる。
真夏は、涼を求める人で混むこともあるらしい。

参拝の楽しみも、忘れずに。
御朱印や、泉に浮かべる水みくじが人気だ。
龍の形をした泉龍木も、ぜひ探してみてほしい。

年間を通して、さまざまな祭事も営まれている。
五月三日の例祭などは、訪れる価値がある。

ひとつ、お願いがある。
泉が森は、貴重な自然と文化財だ。

泉に入ったり、水を汚したりは、絶対にやめてほしい。
珍しい魚イトヨの、大切な棲み家でもある。
静かに、敬意をもって参拝してほしい。

ここは心霊スポットではない。
肝試しの場でもない。
だから余計に、マナーは大切にしたい。

清らかな場所は、清らかなまま次へ残す。
それが、訪れる者の務めだと思う。

きれいな水と、千年の祈り。
龍の木と、縁結びの女神。
それらを感じに、ぜひ一度足を運んでみてほしい。

損はさせない場所だ。
私が保証する。

9. 参考文献・情報源

  • 泉神社 公式サイト(izumi-jinjya.com)
  • 日立市観光物産協会 公式ホームページ「泉神社」
  • 観光いばらき 公式ホームページ「泉が森 泉神社」
  • 日立市 公式ウェブサイト「泉が森」
  • Wikipedia「泉神社(日立市)」
  • 茨城県県北振興局 note「泉神社 大塚祐慶宮司」
  • 玄松子の記憶「泉神社(日立市)」
  • 『常陸国風土記』久慈郡 密筑の里の条
  • 『延喜式神名帳』天速玉姫命神社
  • 『茨城県神社誌』
  • 式内社研究会編『式内社調査報告 第十一巻 東海道六』

※歴史・伝説の解釈には諸説あります。本記事は各情報源をもとに筆者がまとめたものです。
※参拝の際は、近隣への配慮と、自然保護にご協力ください。

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奇怪千万からのお願い

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