折り返せない道 第4話 裏手の足音

連作怪談「折り返せない道」第4話。

写真に人の形が写っていた。

それを確認してから三日間、現地には戻っていない。

写真を何度も開いては閉じた。道の奥の暗い部分に、縦に長いものが見える。木の幹が重なっているようにも見えるし、立っている人間のようにも見える。解像度を上げても、どちらとも判断できなかった。

動画撮影用のカメラを持って四度目の現地入りをしたのは、三日後の土曜日だった。

今回は崩落箇所の手前で引き返すつもりはなかった。

バス停から先、旧道が崩落している箇所を迂回するルートが地図に出ていた。南側の斜面を大回りして集落跡の下に出られるという。距離にして往復二時間弱。昼前に出れば明るいうちに戻れる計算だった。

バス停まで歩いた。

案内板を確認した。

「終点行 二時十三分」の紙があった。三日前に撮った写真と比べると、紙の位置が微妙にずれているような気がしたが、確信は持てない。

迂回路は斜面をトラバースする踏み跡程度で、正直なところ道とも呼べない。腰の高さまで草が伸びている箇所があって、足元が見えない。転倒しないように木の幹を掴みながら進んだ。

崩落した旧道の上に出たのは、歩き始めて四十分後だった。

崩落箇所は思ったより大きかった。道の半分以上が抉れていて、山側の法面ごと下の谷に落ちている。ガードレールの残骸が中途半端な角度で突き出していた。

崩落の先から、また旧道の形が戻る。

そこから集落跡まで十五分ほどだった。

久重集落跡は、木に覆われていた。

移転から六十年近く経っている。宅地の輪郭は辛うじて読めるが、石垣と平坦地の痕跡があるだけで建物はほとんど残っていない。腐食した木材が草の間に沈んでいる。

一軒だけ形が残っている建物があった。

石造りの基礎に木材の骨組みが半分立っている。屋根は落ちているが壁の一部が残っていて、窓枠だけが黒い口を開けていた。蔵か納屋の類いだろう。住居より頑丈な作りだったから残ったのかもしれない。

カメラを構えて入口から中を撮影した。

中には入らなかった。

床が抜けている可能性がある。それよりも、足を踏み入れたくないという感覚があった。理由を言葉にするのは難しい。建物の前に立ったとき、肌に当たるものの質が変わった。風が止んだわけではないのに、空気の流れだけが変わった気がして、入口の手前で立ち止まっていた。

建物の周りを一周して、写真と動画を撮った。

裏手に回ったとき、音がした。

落ち葉を踏む音だった。

止まった。

音も止まった。

獣かもしれない。鹿やイノシシはこの辺りにもいる。ただ音の大きさが小動物のものではなかった。もっと重心の低い、地面を押し込むような踏み方だ。

また歩き出した。

音が再開した。

今度は複数だった。

一つではない。二つか三つ。バラバラのリズムで、それぞれが別々の方向から建物の裏手を往復している。

止まった。

音が止まった。

カメラを裏手に向けた。

木が密集していて奥まで見えない。落ち葉が積み重なっている。人が立てるような隙間はある。何も見えない。

動画を回したまま、その場に三分間立っていた。

音はしなかった。

帰り道を急いだ。

迂回路を戻って旧道に出た。バス停の前を通りかかって、足が止まった。

案内板のガラスを確認した。

「終点行 二時十三分」の手書きの紙がなかった。

古い時刻表だけが残っている。

三時間前に確認したとき、確かにあった。写真にも撮っている。

誰かが剥がしたのか。この旧道に誰かが入ってきたのか。あるいは自分が見間違えていたのか。

カブまで戻って動画を確認した。

集落跡で撮った映像を再生すると、裏手に向けた三分間の記録が残っている。木と落ち葉と、風で揺れる枝だけが映っていた。

音はどこにも記録されていなかった。

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