阿見町首○山

茨城県

前書き。

ここはだいぶ前から知っていて調査済みだったのだ。
しかしnoteに記事として出すつもりはなかった
最近某ユーチューバー様からここの事を聞かれたので
詳細に調査した上で執筆しようと思う。
これからここに訪れる人の情報源になれば幸いである。

第1章 茨城県阿見町実穀地区の地理的・歴史的背景

茨城県稲敷郡阿見町実穀(じっこく)に所在する「実穀古墳群」および、その周辺地域は、霞ヶ浦南岸に広がる稲敷台地の一角に位置する。この地域は古くから肥沃な土地と水資源に恵まれ、旧石器時代から現代に至るまで人々の営みが途絶えることなく続いてきた重層的な歴史空間である。阿見町全体を見渡すと、中世には「信太荘(しだのしょう)」と呼ばれた広大な荘園の一部であり、戦国時代には土岐氏が支配する要衝であった。実穀地区を含む乙戸川(おっとがわ)や清明川の流域は、軍事的な防衛拠点としても機能しており、佐竹氏や多賀谷氏といった周辺勢力との境界線としての性質を帯びていた。

1.1 実穀地区の古代から中世における変遷

実穀地区の歴史的価値を理解するためには、単に古墳のみに焦点を当てるのではなく、周辺の遺跡群との関連性を考慮する必要がある。特に実穀神田遺跡(じっこくじんでんいせき)の調査結果は、この地の古代社会の様相を鮮明に描き出している。この遺跡からは、古墳時代後期から平安時代にかけての竪穴建物跡が33棟、掘立柱建物跡が3棟確認されており、長期にわたる集落の存在が証明されている。

特に注目すべきは、7世紀前葉から中葉に比定される第38号竪穴建物跡で見つかった、長い煙道を持つ竃(かまど)の存在である。このような高度な建築構造を持つ住居の存在は、実穀古墳群に埋葬された豪族と、それを取り巻く生産基盤がこの地に強固に確立されていたことをうかがえる。

中世に入ると、実穀周辺は領主伊達家の指導のもと、古屋敷と呼ばれた場所から現在の集落地へ移動が行われるなど、近世的な村落形成へのプロセスを辿ることになる。このような土地利用の変遷の中で、古代の墳墓である古墳は、ある時は信仰の対象として、またある時は忌避されるべき死者の領域として、地域住民の意識の中に残り続けてきた。

1.2 実穀古墳群の構造と現況

実穀古墳群は、阿見町名所百選(No.17)にも選定されている重要な史跡である。本来は7基の円墳から構成されていたが、現代の土地開発や耕作、そして学術的な発掘調査を経て、現在は3基が保存・整備されている。

1号墳円墳直径23m・高さ3.6m

墳頂に石塔台石(五輪塔か)が埋没。平国香の墓伝説がある。

2号墳円墳直径18.5m・高さ4.5m

墳頂に天満宮を勧請。安産霊験の信仰があり、桜の古木が立つ。

3号墳円墳直径14m・高さ2m

特徴的なピラミッド型を呈している。

4号墳(消滅)円墳不明

発掘調査後、出土品(直刀、鉄鏃、ガラス玉等)を残して消滅。

これらの古墳は、6世紀から7世紀にかけてこの地を治めた有力な在地豪族の墓域と考えられている。特に4号墳から出土した直刀5本やガラス玉などの副葬品は、被葬者が武力と経済力の双方を兼ね備えていたことを示している。

第2章 平国香伝説と中世の歴史的重層性

実穀古墳群が現代において「心霊スポット」として語られる根源的な要因の一つは、平安時代の豪族、平国香(たいらのくにか)にまつわる伝説である。平国香は、桓武平氏の祖である平高望の長男であり、坂東(現在の関東地方)において強大な勢力を誇った人物である。

2.1 平将門の乱と国香の敗死

承平・天慶の乱において、平国香は甥である平将門と対立した。この対立の背景には、父である平良将の遺領問題を巡る一族内の不和や、源護の娘との婚姻関係が絡む複雑な人間関係があったとされる。承平5年(935年)、平国香は「野本の戦い」において将門の軍に攻められ、常陸国石田館において敗死した。

史実上、国香の墓や供養塔は茨城県筑西市の長光寺周辺など、複数の場所に点在しているが、阿見町の実穀古墳もまた、古くから「国香の墓」として伝承されてきた。特に1号墳の頂部に見られる石塔の残骸は、中世において非業の死を遂げた英雄を鎮魂するために設置されたものと考えられ、この地が単なる古代遺物ではなく、武士の魂が眠る神聖かつ不気味な空間として認識される要因となった。

2.2 怨霊信仰と天満宮の勧請

2号墳に祀られている天満宮の存在も、この地の霊的な性質を理解する上で重要である。天満宮の祭神である菅原道真は、日本を代表する怨霊神であり、後に学問の神へと転じた。古墳の頂部にこのような神を祀る行為は、被葬者の霊を鎮める(鎮魂)ための宗教的装置としての意味合いが強い。

明治・大正期には、この天満宮は安産の霊験があるとして多くの参拝客を集め、絵馬が所狭しと掲げられていたという記録がある。しかし、時代が下るにつれ、かつて生い茂っていた杉の大木が切り倒され、古い桜とつげの木が残るのみとなった現在の景観は、かつての繁栄を知る者にとっては寂寥感を、知らない者にとっては「忘れられた不気味な場所」という印象を与えることとなった。

第3章 噂の傾向整理による心霊の噂と都市伝説のできるだけ広く調査

ここでは、インターネット上の掲示板、心霊スポット検索サイト、SNS、および地元での聞き取り調査から得られた情報をできるだけ収集し、噂の傾向整理の手法を用いて分析する。ユーザーの要望に基づき、裏付けが取れない噂や怪談についても詳細に取り上げる。

3.1 「首つり山」という呼称の分布と特性

実穀古墳群が「首つり山」と呼ばれるようになった経緯には、いくつかのパターンが存在する。以下の表は、各メディアから抽出した主な噂の内容を分類したものである。


噂のカテゴリ具体的な内容・キーワード拡散の媒体信頼性の評価名称の由来
2号墳の桜の木で過去に首を吊った人物がいる。
匿名掲示板、個人ブログ
報道記録なし。

武者の霊夜間に甲冑を着た平国香、あるいは落ち武者の霊が徘徊する。
心霊地図サイト中程度
歴史伝説に依存。

車両の故障古墳の近くを通ると、車のエンジンが突然停止したり、電子機器が誤作動する。

磁場異常の報告はあるが再現性なし。
手形現象車の窓ガラスに子供と思われる手形がつく。
2ch/5ch 過去ログ低い
典型的な都市伝説の類型。
白い服の女夜中に白い服を着た女性が古墳の周囲を浮遊している。

3.2 未確認の怪異・怪談の詳細

インターネットの深層部や特定のコミュニティにおいてのみ語られる、極めて局所的な噂についても噂の傾向整理を行った。

  • 「逆さの桜」の呪い: 2号墳に立つ桜は、死者の呪いによって枝が地面に向かって伸びようとしている、という奇妙な噂が存在する。実際には植物学的な性質、あるいは手入れの不足による枝垂れ現象と考えられるが、夜間にライトアップされた際に異様な形状に見えることが、この噂を補強している。

  • 消える3号墳: 霧の深い夜、ピラミッド型の3号墳が姿を消し、代わりに巨大な黒い影が現れるという。これは実穀地区の台地特有の気象条件と、光の屈折による錯覚の可能性が高い。

3.3 デマ・嘘心霊スポットの可能性に関する評価

今回の調査において最も重要な知見の一つは、情報の偏りである。実穀古墳を「首つり山」と断定的に呼ぶ情報の多くは、特定の「全国心霊マップ」などの投稿型サイトに集中しており、現地の郷土史資料や、信頼性の高い事件事故アーカイブには「首吊り」に関する事実は一切存在しない。

したがって、この場所が「首つり山」と呼ばれるのは、視覚的な恐怖感(鬱蒼とした古墳の風貌)と、平国香という非業の死を遂げた歴史上の人物のイメージが、ネット上で結びついた「創作された怪異」である可能性が極めて高い。

供養塔ではなく墓石だった。戒名が彫られているが年代はどれも江戸時代末期の物である

一つ一つに戒名が彫られている。ここは墓地だったのだろう

第4章 怪異の出所考察:歴史的記憶と心理的投影

なぜ実穀古墳群が、これほどまでに具体的な「首つり山」という忌まわしい名称で呼ばれるに至ったのか。その要因は、以下の三つの要素が複合的に作用した結果であると考えられる。

4.1 埋葬施設としての本能的忌避

古墳は、本質的に「死者の宮殿」であり、長きにわたり禁忌の場所であった。特に実穀のように、かつては7基もの円墳が立ち並んでいた風景は、生者にとっては異界との境界を強く意識させるものであった。現代においても、住宅街の近隣にありながら、そこだけが時間の止まったような空間として残されていることが、人々の不安を掻き立て、心霊的な解釈を誘発する下地となっている。

4.2 「敗者」としての平国香の無念

平国香は、勝者である平将門や後の源氏の影に隠れた「敗者」である。彼の最期は館を焼かれるという惨烈なものであり、その怨念が今なおこの地に留まっているという解釈は、物語として非常に強力である。中世から近世にかけて行われた、五輪塔による供養や天満宮の勧請といった事実は、裏を返せば「そうまでしなければ鎮まらないほど強い霊気があった」という逆説的な証拠として、現代の怪談マニアに利用されている。

4.3 視覚的トリガーとパレイドリア現象

「首つり」というキーワードは、垂直性の高い樹木や、そこから垂れ下がる枝や蔦を視覚的に捉えた際に、脳が自動的に「吊るされた人体」と結びつけてしまう心理作用(パレイドリア)に由来することが多い。特に2号墳のように、古木が特徴的な形状をしている場所では、夜間の視認性の低下と相まって、恐怖体験が捏造されやすい。

第5章 現地科学調査報告(異常なしの場合の記録)

今回の調査では、依頼に基づき最新の科学機器を投入し、実穀古墳群における環境測定を実施した。ここでは、現地での調査手法および測定結果を報告する。なお、本報告は異常が認められた場合のみ詳細に記述するというプロトコルに従っているが、科学的客観性を担保するため、全項目の測定結果を提示する。

トリフィールドメーター、サーモグラフィー、赤外線暗視カメラによる定点撮影、LiDARスキャンによる空間形状撮影及び三次元計測
気圧計、騒音計、風力計、ガイガーカウンターを設置して記録を取ったが
特に異常を見受けられない

天満宮の社周囲を調査中

墓地周囲を調査中

第6章 史料から見る阿見町の軍事史と霊的背景

実穀古墳群に付随する「不穏な空気」の正体を探るべく、阿見町の戦国・中世史における軍事的な役割を再検証する。この地は単なる農村ではなく、激しい勢力争いの最前線であったことが、地名の由来や寺社の伝承から読み取れる。

6.1 信太荘と土岐氏の防衛戦略

中世、実穀を含む「信太荘」は美濃(岐阜県)出身の土岐氏によって支配されていた。土岐氏は、北方の佐竹氏や西方の多賀谷氏の南下を阻止するため、乙戸川や清明川の流域に網の目のような防衛線を構築した。

実穀地区の近くに位置した「下小池城」は、江戸崎城直属の城番が派遣される重要な拠点であった。天正初期の多賀谷氏の圧力に対抗すべく築城されたこの城は、大きな戦闘の記録こそ残っていないが、常に一触即発の緊張感の中にあった。戦国時代の「殺気」が、古墳群という死の空間と結びつき、何世紀にもわたって「戦の犠牲者の霊」というモチーフを地域に供給し続けてきた可能性がある。

6.2 呪術的防御としての神社仏閣

実穀周辺に点在する神社仏閣は、こうした軍事的な不安を宗教的に解消する役割を担っていた。「お安稲荷」の伝承に見られるように、夢枕に現れる神の予言や、霊験による守護を求める信仰は、死と隣り合わせの生活を送っていた当時の人々の精神的な支柱であった。

実穀2号墳の頂部にある天満宮も、その建立時期や経緯を精査すると、単なる安産祈願だけでなく、古墳の被葬者が持つ強力な霊力を、国家的な祟り神である道真の力で封印する、あるいは中和するという意図が見え隠れする。このような「封印」の歴史が、後世になって「何か恐ろしいものが埋まっている」という誤解を生んだ一因と考えられる。

この首なし地蔵が首つり山由来の説という話も地元民から聞いた

第7章 調査結果の総括とスポットの注意事項

この調査記録は、阿見町実穀古墳群に関する歴史的、民俗学的、科学的データを総合し、その正体を明らかにしたものである。

7.1 結論:実穀古墳群の正体

実穀古墳群、別名「首つり山」は、以下の三つの側面を持つ場所である。

  1. 学術的側面: 古墳時代後期から平安時代にかけての、この地域の政治・文化の中心であったことを示す、非常に価値の高い複合遺跡群である。

  2. 歴史的側面: 平国香という平安の英傑の最期を今に伝える、武士の黎明期における記憶の場所である。

  3. 心霊的側面: 科学的な異常は一切認められないが、地形的特徴と歴史伝説、そしてインターネット上での情報の増幅によって作り上げられた「近現代の都市伝説スポット」である。

以上の分析に基づき、本スポットを「デマスポット(情報元が偏り、事実関係が不明瞭な場所)」と判定する。ただし、それはこの地が無価値であることを意味するのではなく、むしろ捏造された恐怖の影に隠された、真に豊かな歴史の姿を見失ってはならないことを警告している。

7.2 現地訪問における厳重な注意事項

今回の調査において現地を確認した結果、訪問者に対し以下の注意事項を遵守することを強く求める。

  • 文化財保護法の遵守: 実穀古墳群は指定された史跡であり、墳丘を削る、石塔を動かす、あるいはゴミを投棄する行為は法律で厳罰に処される。

  • 私有地・近隣住民への配慮: 古墳の周辺は住宅地および農地であり、夜間の大声での会話、ライトによる無用な照射、無断駐車は厳禁である。

  • 物理的な危険性: 古墳の斜面は急であり、また夜間は足元が極めて不安定である。また、桜やツゲの古木は腐朽が進んでいる箇所があり、倒木や落枝の危険があるため、墳頂部での活動には細心の注意を払うこと。

  • 精神的・道徳的配慮: 2号墳は信仰の対象(天満宮)であり、1号墳は国香の墓伝説を持つ供養の場である。遊び半分での肝試しや、不敬な行為は慎むべきである。

実穀古墳群は、死者を祀り、神を呼び、歴史を繋いできた聖域である。その本質を理解せず、単なる「首つり山」という記号として消費することは、この地に眠る魂、そしてこの地を守ってきた地域住民の誇りを傷つける行為に他ならない。この記録が、この場所の真の姿を世に知らしめる一助となることを願う。

ネット内調査ソース

心霊スレまとめページ

実穀神田遺跡 – 発掘情報いばらき – 茨城県教育財団

実穀古墳群

阿見町名所百選 実穀地区 | 茨城県阿見町ホームページ

阿見の昔ばなし その4 | 茨城県阿見町ホームページ

平将門と茨城県のゆかりの地(伝説・墓・寺・神社・戦場等)

【茨城県】(伝)平国香の墓|毛人(EMISHI) – note

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