第二町谷踏切

埼玉県

~ 半世紀の死の歴史、黒いモヤ、霊団、金縛り。深夜のスーパーカブで単独突撃してきた ~

埼玉県桶川市神明2丁目。
JR高崎線の北上尾駅と桶川駅の間に、それは、ある。

車は通れない。
歩行者と自転車だけがかろうじて渡れる、小さな小さな踏切。

『第二町谷踏切』

地元では「魔の踏切」と呼ぶ人もいる。オカルト系の雑誌や怪談文庫にも取り上げられ、心霊系YouTuberもこぞって訪れる。

だが、ここの本当の怖さは「知名度」ではない。 半世紀以上にわたって積み重なった死の歴史と、そこから派生した噂の”密度”だ。

今回はこの踏切について、史料を掘り、噂を噂の傾向整理し、そして深夜に単独突撃した調査報告をお届けする。

■ 第一章|史料と歴史 ── 町谷村と「雷電社」、そして踏切の誕生

まず、この踏切が存在する「町谷」という土地の歴史から紐解いていきたい。

江戸時代後期に編纂された地誌『新編武蔵風土記稿』には、町谷村の項に「雷電社 村の鎮守なり」「諏訪社 元禄十五年勧請の棟札あり」と記されている。
つまり元禄15年(1702年)の時点で、この地にはすでに二つの社が祀られていたのだ。
300年以上の歴史を持つ信仰の地である。

明治40年(1907年)、政府の合祀政策により諏訪社は雷電社に合祀。
逆に雷電社が諏訪社の境内に移転するという、ちょっとややこしい経緯を辿る。
このとき古い資料が散逸してしまい、合祀以前の記録は失われた。
地元の人が今でも「お諏訪様」と呼ぶのは、元々この場所に諏訪社があったからだ。

ちなみに桶川市の文化財資料によれば、諏訪雷電神社の付近は源頼朝の家臣・足立右馬允遠元の館跡の候補地のひとつでもある。
鎌倉時代から武士が拠点を構えた土地。歴史の層が深い。

そしてJR高崎線。明治16年(1883年)、日本鉄道会社により上野〜熊谷間が開通。桶川駅は明治18年に開業した。
以来、この路線は140年以上にわたって埼玉の大動脈として機能している。

第二町谷踏切が正確にいつ設置されたのか、明確な記録は見つけられなかったが、北上尾駅が開業した昭和63年(1988年)以前から存在していたことは確認できる。
歩行者・自転車専用の踏切として、地元住民の生活道路に組み込まれていた。

問題はここからだ。

少なくとも昭和45年(1970年)頃から、この踏切は「事故が多い曰く付きの踏切」として近隣で知られていたという。
特に痛ましいのが、まだ幼い兄妹がこの踏切で遊んでいて列車にはねられ、亡くなったという事故だ。

子どもが遊ぶような場所で、子どもが死んだ。
この事実が、後のすべての噂の「起点」になる。

さらに衝撃的なのが、この区間の人身事故の統計だ。
桶川駅〜北本駅間での人身事故は2010年から2017年6月の時点で28件。これは全国の鉄道区間で8位にランクインするほどの多さである。
つまり、この付近は全国有数の「人が死ぬ踏切群」なのだ。

笑えない。全然笑えない。

いや、ひとつだけ笑える(?)話がある。この踏切を検索すると「埼玉県北上尾市」と書いてあるサイトがちらほら出てくる。北上尾市なんて存在しない。正しくは桶川市、もしくは上尾市域だ。
心霊スポットの情報って、こういうところが雑なんだよな。幽霊より先にファクトチェックが怖い。

■ 第二章|怪異・噂・都市伝説の噂の傾向整理 ネットに刻まれた恐怖の記録

さて、ここからが本題だ。
第二町谷踏切にまつわる怪異・噂・都市伝説を、心霊系サイト、掲示板、書籍、体験談投稿サイトなどからできる限り収集し、分類してみた。

裏が取れないものも多い。
だが、「裏が取れない噂」こそが心霊スポットの本質だと僕は思っている。

【噂①】黒いモヤ・黒い影の目撃

最も多く報告されている現象。
踏切付近で人の形をした黒いモヤのようなものが目撃されるという話は、2000年頃からネット掲示板で急速に広まった。
人影のようなモヤモヤしたものを見た、そのモヤに追いかけられた、犬や猫のような奇妙な影を見た、といったバリエーションがある。

心霊現象における「黒い影」は非常にポピュラーな報告事例だが、この踏切の場合、目撃者が複数かつ証言の内容が具体的である点が特徴的だ。

【噂②】「霊団」── 桜井伸也氏の体験談

怪談家・桜井伸也氏が著書『埼玉の怖い話』(TOブックス・2016年)で記録した体験が、この踏切の知名度を一気に押し上げた。桜井氏が若い頃、バイト帰りにこの踏切に差し掛かったところ、踏切内で4〜5体の黒い影のようなものがうごめいているのを目撃したという。

その集合体は手足をバラバラに動かしながらも、互いにぴったりとくっつき離れない。桜井氏はこの後、高熱に襲われ4日間寝込んだ。数年後に霊感の強い女性からこの現象の名を聞く。

「霊団」=霊が集まって一つの塊になったものだという。

この女性によれば、霊団は人間だけでなく犬や猫など動物の霊も取り込んでおり、人間的な思考が残っていないため行動の予測がつかないという。

……予測がつかない霊。なにそれ一番怖いやつじゃん。

【噂③】金縛り 線路の真ん中で動けなくなる

地元で古くから語り継がれている噂。
「夜にこの踏切を通ると、線路の真ん中で金縛りに遭い、電車に轢かれてしまう」。
だから夜には近寄ってはいけないと。

これは心霊的な解釈を抜きにしても怖い。
歩行者専用の小さな踏切で身体が動かなくなったら、物理的に危険だ。
心霊以前に踏切事故の恐怖がある。

【噂④】耳元で「帰れ」と囁く声

ある女性が夜中にこの踏切を渡っていたところ、突然耳元で低い声で「帰れ」と言われたという。周囲には誰もいなかった。

個人的に、この手の「警告系の霊」は嫌いじゃない。
追いかけてくる霊より、帰れと言ってくれる霊のほうがよっぽど親切だ。
ありがとう。
でも怖いから言い方考えてほしい。

【噂⑤】カメラの不具合・電子機器の異常

踏切で写真を撮ろうとしたらカメラが急に動かなくなった、スマホが固まった、原付のエンジンが止まったという報告も散見される。
電磁的な影響なのか、霊的なものなのか。
線路の近くでは電磁波の影響を受けやすいという科学的な指摘もあるが、体験者にとってはそんな理屈はどうでもいいだろう。

【噂⑥】新聞配達員の体験談

この近辺で高校時代に新聞配達をしていたという人物の証言がネット上に残っている。
早朝の配達中、この踏切付近で常に花が供えられていたことを覚えているという。
誰かが定期的に供えていたのだろうが、それが誰なのか、誰のために供えていたのかは不明だ。

花がある。それだけで十分に怖い。

【噂⑦】諏訪雷電神社での首吊り

2015年頃、踏切の脇にある諏訪雷電神社の境内で男性が首を吊ったという情報がある。踏切だけでなく、隣接する神社でも人が亡くなっている。

■ 第三章|噂の出どころ考察 ── なぜここに怪談が集中するのか

第二町谷踏切の噂がこれほど分厚い層を形成している理由を、いくつかの観点から考察してみたい。

立地条件がまず異様だ。 踏切を挟んで片側に諏訪雷電神社、もう片側に墓地。神社と墓地に挟まれた踏切
これだけで心霊的な「舞台装置」としては満点と言っていい。
人はこういうビジュアルに弱い。

次に、事故の積層。
昭和45年の兄妹の事故を皮切りに、この区間では半世紀以上にわたって人身事故が繰り返されてきた。
一つ一つの事故が記憶として重なり、土地に「物語」が染み込んでいく。

そしてメディアの増幅。
2000年頃のネット掲示板での噂の拡散、2016年の桜井伸也氏の著書、その後の心霊系サイト・YouTuberの取材。
噂が噂を呼び、来訪者が増え、新たな「体験談」が生まれる。
この循環構造は他の有名心霊スポットとまったく同じパターンだ。

ただし、僕は肯定派でも否定派でもない。
中立だ。
科学的に説明できることは科学で説明すればいい。
だが、科学で説明しきれないものを全否定するのも、それはそれで知的怠惰だと思っている。

■ 第四章|深夜の現地検証 ── スーパーカブ、僕、そして踏切

僕の現地検証のスタイルはいつも同じ。深夜、単独、ホンダ・スーパーカブ。
車は使わない。電車も使わない。
あのトコトコとした排気音だけが、深夜の住宅街を縫っていく。

カブのヘッドライトが照らす範囲は心もとない。
しかし考えてみてほしい。
13000ルーメンのライトを積んだ重装備の探索者と、110ccのカブで乗り付ける男。
どちらが「地元のヤバい人」に見えるかは明白だ。
圧倒的に後者である。自覚はある。

桶川市神明2丁目。
住宅街の中をカブで進む。
深夜なので当然、人通りはゼロ。この踏切は本当に小さい。
「え、これ?」というのが率直な第一印象だった。
歩行者・自転車専用というだけあって、道幅が極端に狭い。
カブでギリギリ通れるかどうか。

まず目に入ったのが諏訪雷電神社。
踏切のすぐ脇に鎮座している。
深夜の神社というのは独特の威圧感がある。
300年以上の歴史を持つ社だ。
鳥居が暗闇に浮かび上がる光景は、信仰心がなくても背筋が伸びる。

そして反対側の墓地。
うん、確かにこの配置は精神的にくるものがある。

踏切そのものに立ってみる。深夜なので電車は来ない。
遮断機は上がったまま。線路が暗闇に向かって伸びていく。
左右を見渡す。どちらの方向も闇。

ここで僕は、いつものようにEMF(電磁波測定器)、サーモグラフィー、ばけたんを起動した。

結果はいずれの機器にも異常はみられなかった。

雰囲気は確かにある。
かなりある。
墓地と神社に挟まれた小さな踏切という立地は、視覚的にも心理的にも「何か出そう」と思わせるには十分だ。
でも、機器が反応しない以上、僕の立場からは「異常あり」とは言えない。

カブのエンジンが止まることもなかった。
スマホも正常に動いた。金縛りにも遭わなかった。

ただ、ひとつだけ。
踏切を渡りきった瞬間、なぜか振り返りたくなった。
理由はわからない。
振り返ったところで、そこにあるのは暗い踏切と神社と墓地だけだ。わかっている。わかっているのに、振り返りたくなる。

これが「気のせい」なのか「何か」なのか。判断は読者に委ねたい。

■ 第五章|帰路の後味  カブのエンジン音が妙に優しく聞こえた

帰り道。桶川の住宅街をカブで流す。

正直に言おう。
この踏切が「埼玉で一番怖い踏切か」と聞かれたら、僕の答えは「NO」だ。
個人的な感想では、埼玉にはここより雰囲気のある踏切がいくつかある。
機器にも反応は出なかった。

でも、この場所が持つ「歴史の重さ」は否定できない。
昭和45年から令和に至るまで、この小さな踏切の周辺で何人もの命が失われてきた。
その事実は、心霊の有無に関係なく重い。

そしてもうひとつ。
噂の密度がすごい。
黒いモヤ、霊団、金縛り、囁き声、カメラの故障、首吊り。
ひとつの踏切にこれだけの怪談が集積しているのは、やはり尋常ではない。「火のない所に煙は立たぬ」とまでは言わないが、「煙がこれだけ立っている場所には、何かの火種がある」とは言えるだろう。

深夜2時過ぎ。自宅に向かうカブのエンジン音が、行きよりも妙に優しく聞こえた。生きて帰ってこられた安堵感か。それとも・・・
まあ、考えすぎはよくない。

この踏切はたくさんの顔を持っている。
地元民の通学路であり、通勤路であり、犬の散歩道であり。
そして、半世紀の死を抱えた場所でもある。

訪れるかどうかは、あなた次第だ。
ただし、くれぐれも線路内には立ち入らないように。
幽霊に会う前に、電車に会ってしまっては笑えない。

いや、笑えないどころの話じゃない。

合掌。

~調査報告~

墓地と神社に挟まれている踏切。
雰囲気はかなりあったが、EMF、サーモグラフィー、ばけたん等の機器には異常はみられない。
オカルト系雑誌や怪談系の文庫本でも紹介されており知名度は高い。
個人的な感想では、埼玉にはここより怖い踏切がいくつかある。
すべてこちらで紹介していきたいと思っている。

■ 参考文献・情報源 ・

『新編武蔵風土記稿』町谷村の項 ・『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』(埼玉県神社庁、1998年) ・桜井伸也『埼玉の怖い話』(TOブックス、2016年) ・全国心霊マップ ・心霊スポット【畏怖】 ・ウワサの心霊話 ・心霊スポット恐怖体験談 ・鉄道人身事故データベース ・桶川市教育委員会文化財資料

心霊スポット 第二町谷踏切
行った感想として、防犯カメラと青いLEDついていた。まぁ青いLEDはわかるんだけど、防犯カメラ!?ってそれより、空気が違うというかなんというか変な圧迫感感じました#心霊​​ #一人肝試し​​ #オカルト

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