龍神宮

群馬県

※肝試し等の行為を助長する意図はありません。
心霊スポットとされる場所の多くは私有地や立入制限区域を含む場合があります。
必ずルールとマナーを守り、近隣住民への配慮を忘れずに。

はじめに:海のない群馬に、なぜ「竜宮城」があるのか

こんにちは、奇怪千万です。

群馬県。温泉、こんにゃく、上毛かるた。そして「海なし県」。内陸のど真ん中に位置するこの県に、まさか浦島太郎伝説が残されているなんて、聞いた瞬間に耳を疑いました。

その舞台が、伊勢崎市宮子町にある龍神宮(りゅうじんぐう)。広瀬川の河川敷にぽつんと佇む、小さな神社です。周囲の森は「龍宮の森」と呼ばれ、境内には亀に乗った浦島太郎の石像まである。海から遠く離れた関東平野のど真ん中に、竜宮城への入り口があるというのです。

「いやいや、浦島太郎って海の話でしょ?」と思いますよね。私も最初はそう感じました。けれども調べを進めるうちに、この場所の伝承は想像以上に古く、そして深い。5世紀の古代にまで遡る龍神信仰、戦国時代に竜宮城へ行って帰ってきたという男の伝説、そして現代では心霊スポットとして語られる数々の怪異。

ネットでは「マイナースポット」として扱われがちな龍神宮ですが、実際に足を運んでみると、そのマイナーさが逆に生々しい。メジャーな心霊スポットのように手垢がついておらず、生の「気配」がそのまま残っている感触がありました。

2023年10月、私は千葉からスーパーカブ110で群馬県へ遠征。3泊4日の日程で、県内の心霊スポットを撮影・調査するというハードスケジュールを組みました。龍神宮はその中でも特に気になっていた場所の一つ。情報が少ないからこそ、自分の足で確かめたかった。

結果から先に言うと、ここは「雰囲気がヤバすぎる」場所でした。霊感を信じていない私でさえ、一瞬信じてしまいそうになるほどの圧力。到着した瞬間に感じた、あの重たい空気感は今でも忘れられません。

今回も中立の立場で、この不思議な神社の正体に迫ります。

なお、龍神宮はネット上で「マイナースポット」と評されることが多く、大手の心霊ランキングにもほとんど登場しません。しかし実際に足を運ぶと、そのマイナーさこそが恐ろしい。有名スポットのように人が押し寄せて場が「慣れて」しまうこともなく、原始的な力がそのまま温存されている。知名度の低さと現場の凄みが反比例している、珍しいタイプの心霊スポットです。

龍神宮の歴史と伝承:5世紀から続く龍神信仰

『口口相承龍宮本記』が語る起源

龍神宮の歴史は驚くほど古い。その起源を記した史料が、『口口相承龍宮本記(くちくちあいしょうりゅうぐうほんき)』です。境内にはこの碑文を刻んだ石碑が平成6年に建立されており、原文のまま読むことができます。

この記録によれば、龍神宮の始まりは履中天皇の御代(5世紀初頭)にまで遡ります。

当時、このあたりの広瀬川には深い水が渦巻く淵があり、川底から巨大な岩窟がそそり立っていました。深津(現・前橋市粕川町深津)の高辺左大将家成(たかべさだいしょういえなり)という人物がこの岩窟を訪れた際、一人の美女が突如として姿を現し、こう告げたといいます。

「この岩窟は龍神の正殿である。粗略にするではない」

美女はそれだけ言い残すと、深い淵へ吸い込まれるように消えていった。驚いた家成は里に戻り、人々にこの出来事を伝え、以後この場所は「龍宮」として崇められるようになったとされます。

さらに時代は下り、雄略天皇の御代。第一皇子の岩城皇子が蚕の神の顕現する筑波山へ向かう途中、碓氷の宿場で龍燈が輝いて辺りが真昼のように明るくなるという超常現象に遭遇。そこに「龍宮姫」と名乗る乙女が現れ、「私の住む龍宮の正殿は利根川の岩窟にあります。この地を産土神として祀り、卯の木大明神として奉りなさい。さすれば水難を除き、皆に幸せを与えるでしょう」と告げたのです。

つまり龍神宮は、古代の龍神信仰と水神祭祀を起源とする、相当に由緒ある場所なのです。もともと「卯の木」という地名で、卯の木大明神を守り神としていたこの一帯。祭神は竜宮の姫であるとも伝えられています。

阿感坊の竜宮城体験:群馬版・浦島太郎

龍神宮の伝承でもっとも有名なのが、天文16年(1547年)に起きたとされる「阿感坊(あかんぼう)」のエピソードです。

宮子に住む農家の隠居だった阿感坊は、ある日、広瀬川のほとりで藤ツルを伐っていました。ところが手が滑り、鉈を川に落としてしまった。川底に鉈が見えたので拾おうと手を伸ばしますが、なかなか届かない。やがて深みにはまり、気がつくと川底には立派な御殿が広がっていた。

現れた娘が告げるには、「乙姫様が鉈を気に入ったので、3日間だけ貸してほしい」とのこと。阿感坊は御殿で歓待を受け、3日後に乙姫から玉手箱・瑪瑙玉・観音像を贈られて地上に戻りました。ただし、乙姫からは「龍宮のことは誰にも告げてはならない」と厳しく言い渡されていたのです。

地上に戻った阿感坊を待っていたのは、衝撃の事実でした。3日間だと思っていた時間は、実際には3年もの月日が流れていたのです。

噂を聞きつけた役人が阿感坊に詳細を尋ねますが、約束を守って口を割らない。業を煮やした役人が刀を振りかざして強要すると、やむなく阿感坊は竜宮での出来事を語ってしまう。すると、語り終えた途端に阿感坊は苦しみだし、そのまま命を落としてしまったというのです。

この阿感坊こそが「浦島太郎のモデル」であるとされ、龍神宮には亀の背に乗った浦島太郎の石像が奉納されています。石像は平成6年7月に建立されたもので、横には「浦島太郎の歌碑」もある。

浦島太郎伝説の「基本形」は3つの要素で構成されます。竜宮での歓待、現世との時間差、そして乙姫との約束を破ったことによる罰。阿感坊の話はこの3要素をすべて含んでおり、なおかつ約束を破った代償が「老化」ではなく「死」であるという点が、一般的な浦島太郎よりもはるかに残酷です。

ちなみに阿感坊の墓は、当時の名主・良直の墓の隣に葬られたと伝わっています。竜宮城に行って帰ってきた男が、約束を破って死んだ。その墓がすぐそばにある神社。考えてみれば、心霊スポットとして語られるのも無理はないかもしれません。

龍神宮の心霊的噂:噂の傾向整理

噂1:圧倒的な威圧感と恐怖

複数の心霊情報サイトに共通して記されているのが、龍神宮を訪れた際に感じる「異常なまでの威圧感」です。特に夜間、霊感の有無に関わらず、鳥居をくぐった瞬間に息苦しさや圧迫感に襲われるとする報告が目立ちます。

「何かに見られている」「何かに触れられている」と感じる人もおり、泣き出してしまう訪問者も少なくないのだとか。これは一般的な「怖い場所」で感じる恐怖とは質が異なり、「拒絶されている」「歓迎されていない」という能動的な圧力を感じるという点が特徴的です。

噂2:礼を欠くと祟りがある

龍神宮にまつわる噂で繰り返し語られるのが、「無礼な振る舞いに対する報い」です。鳥居をくぐる際に一礼を怠った者が原因不明の高熱に苦しんだ、境内でふざけた行為をした者に災厄が降りかかった、といった話が報告されています。

これは阿感坊の伝説とも通じるテーマです。竜宮の秘密を漏らした阿感坊が死んだように、龍神宮は「約束を守る」「礼を尽くす」ことを厳しく求める場所なのかもしれません。心霊スポットというよりも、古来からの神域としての「格」が今も生きているのではないか。そう考えると背筋が伸びます。

噂3:裏手の樹での首吊り自殺

龍神宮の裏手にある樹で、数年前にホームレスの男性が首吊り自殺をしたという情報があります。心霊サイトの記載によれば、この出来事以降、裏手の樹の付近で不穏な気配が増したとされる。

裏付けとなる報道は確認できていませんが、複数のサイトで同じ内容が語られている点は注目に値します。河川敷の神社という人目につきにくい立地を考えると、ありえない話ではないでしょう。

噂4:広瀬川での子供の溺死事故

龍神宮のすぐそばを流れる広瀬川で、過去に子供の溺死事故があったとする情報もあります。「死の連鎖がある神社」として語られる所以のひとつです。

広瀬川は利根川水系の一級河川で、流域には深い淵や急な水流が存在します。龍神宮の伝承自体が「川底の竜宮城」を核としており、水にまつわる死が複数重なっている点は無視できません。

噂5:「帰れ」と囁く声

ある体験者は深夜0時頃に龍神宮を訪れた際、鳥居に近づいた瞬間に急に息苦しくなり、周囲に誰もいないはずなのに「帰れ」と囁く声が聞こえたと報告しています。その場を離れると声は止んだそうです。

別の報告では、昼間に裏手の樹に近づいた瞬間、鳥肌が立つほどの冷気を感じ、その夜から原因不明の悪寒に苦しんだというものも。

噂6:入り口の花と水

これは私が現地で直接確認したことですが、龍神宮の入り口にはペットボトルに水を入れ、針金でくくりつけた花が置かれていました。誰かがここで亡くなった(あるいは亡くなった方を追悼している)ことをうかがわせる供花のようにも見えるし、神社への奉納のようにも見える。いずれにせよ、「ここで何かがあった」ことを物語る痕跡でした。

現地検証:夜22時、スーパーカブで龍宮の森へ

昼間の聞き込みと準備

2023年10月。千葉からスーパーカブ110で群馬県に入り、3泊4日の心霊スポット調査ツアーの真っ只中でした。いつもの通り、昼間はロケハンと地元住民への聞き込みに時間を充てます。

龍神宮はマイナースポットで、ネット上にも情報が少ない。
こういうときこそ地元の声が命綱になります。
伊勢崎市内で数人の方に話を聞くことができ、龍神宮にまつわる貴重な体験談や怪談を収集できました

地元の方々の反応は興味深いものでした。「龍神宮?ああ、あの川沿いの。あそこはちょっとね」と言葉を濁す人が何人かいて、「近づかないほうがいい」とまでは言わないものの、積極的に勧める人もいないという温度感。
怖いのか、聖なるのか、その境界線が曖昧な場所という印象を受けました。

夜22時、到着

陽が落ちてからの移動が基本スタイルの私ですが、この日は撮影スケジュールが押していて、夜22時過ぎという若干早めの時間帯での訪問になりました。

広瀬川沿いのサイクリングロードを進み、龍神宮が近づいてきます。河川敷に下る階段を降りると、そこには夜の「龍宮の森」が口を開けていました。

到着して真っ先に感じたのは、暗さとは別次元の不気味さでした。

夜だから暗い。それは当然です。
河川敷の森だから街灯もない。
当たり前の話。
にもかかわらず、ここの暗さには「質感」がある。闇に粘度があるとでも言うべきか、空気が重く、身体にまとわりつくような感覚。

そして何より、圧力

鳥居の前に立った瞬間、上からも横からも押されるような感覚がありました。霊感なんてものを信じていない私でも、このときばかりは一瞬信じてしまいそうになるくらいの強烈な「気配」。これが噂に言う「威圧感」なのか。

鳥居をくぐり、参道を進むと祠があり、奥には浦島太郎の石像が佇んでいる。亀に乗った浦島太郎が、闇の中でぼんやりと浮かび上がる光景は、なかなかにシュールです。可愛らしいはずの石像が、夜間に見ると別のものに見える。

入り口のペットボトルに挿された花が目に入ったとき、一気に空気が変わりました。誰かがここに花を供えている。その行為自体は穏やかなものだけれど、夜の闇の中でそれを見つけたときの衝撃は大きい。「ここで何かがあったのだろうか」と、嫌でも想像が膨らみます。

裏手にも足を伸ばしましたが、噂の「首吊りの樹」がどれなのかは特定できませんでした。ただ、裏手一帯の空気が境内の中でも特に重たく感じられたのは確かです。

撮影中、一つ気になったことがあります。龍神宮の境内に立っていると、広瀬川の水音が妙に大きく聞こえるタイミングがあったのです。風が吹いたわけでもないのに、ザーッという音量が急に上がり、また元に戻る。まるで川が呼吸しているような、あるいは何かが川底で動いているような。阿感坊の伝説を知っているからこその過剰反応かもしれませんが、「川底に御殿がある」という話を聞いた後にあの水音を聞くと、想像力は嫌でも働きます。

もう一つ。浦島太郎の石像の写真を撮ろうとしたとき、スマホのカメラが一瞬フリーズしました。数秒で復帰しましたが、そのタイミングの良さ(悪さ?)には少し引きました。気温が低かったのでバッテリーの問題かもしれないし、単なる偶然かもしれない。でも「撮るな」と言われた気がして、「すみません、撮らせていただきます」と小声で呟いてからシャッターを切りました。その後は問題なく撮影できた。お辞儀って大事ですね。

撮影を終え、鳥居の外に出たとき、ふっと身体が軽くなりました。「解放された」という表現が一番近い。あの境内の中と外では、空気の質が明確に違う。科学的にはただの心理効果かもしれませんが、体験としてはそう感じたのが事実です。

噂の出どころ考察:なぜ龍神宮は心霊スポットになったのか

龍神宮が心霊スポットとして語られる背景を考えていきます。

古代からの神域としての力。 龍神宮は5世紀に遡る龍神信仰の場です。「龍神の正殿」と呼ばれた岩窟、美女の出現、龍燈の超常現象。この場所には元々、常人を圧倒するような霊的エネルギーの伝承が存在します。「威圧感」の正体は、もしかすると心霊現象ではなく、千数百年蓄積された神域の力そのものなのかもしれません。

阿感坊の「死」という原罪。 約束を破って死んだ阿感坊の物語は、この場所に「秘密を漏らすと罰せられる」「無礼をはたらくと報いを受ける」というコードを刷り込みました。心霊スポットとして肝試しに来る者は、ある意味で「粗略にしている」わけで、そこに祟りや怪異が起きるという心理的構造が出来上がっています。

河川敷という立地条件。 広瀬川の河川敷に位置する龍神宮は、人目につきにくく、夜間は周囲に人気がなくなります。孤立した森の中の神社。この物理的条件だけで、心霊スポットとしての「素質」は十分。加えて水の音が常に響いているため、風の音や虫の声と混じって不思議な「声」に聞こえる可能性もあるでしょう。

死の連鎖という物語。 首吊り自殺、子供の溺死事故。これらが事実であるかどうかはさておき、複数の「死」の噂が集まることで「呪われた場所」という物語が強化されていきます。そしてその物語が、新たな訪問者の恐怖体験を生み、さらに噂が広がるという循環が出来上がる。

自分なりの解釈と仮説

龍神宮は、一般的な心霊スポットとは少し異なるカテゴリーに属する場所だと私は考えています。

多くの心霊スポットは「人が死んだ場所に霊が出る」というシンプルな構造を持ちますが、龍神宮の場合、それ以前に「人間を超えた存在が住んでいる場所」としての歴史がある。龍神の正殿。竜宮城への入り口。そこに後から人間の死が重なっている。

つまり、ここは「霊がいる場所」というより「異界との境界線上にある場所」なのかもしれない。心霊スポットというよりも、いわば「パワースポットの裏側」。強い力を持つ場所は、良い方向にも悪い方向にも振れる。龍神宮の威圧感は、その力の大きさの表れではないでしょうか。

あの夜、私が鳥居の前で感じた「圧力」は、もしかすると龍神の「粗略にするな」という警告だったのかもしれない。阿感坊に美女が告げたのと同じ言葉を、形を変えて、今も訪れる者に発し続けているのだとしたら、それはある意味で1500年間ずっと「生きている」場所だということになります。

怖い話を期待して来た方には申し訳ないのですが、龍神宮に対して私が一番強く感じたのは恐怖よりも「畏怖」でした。怖いというより、畏れ多い。まあ、だからといって夜に一人で行きたいかと聞かれたら、二度と遠慮します、と全力で答えますが。

地元で語られる怪談

怪談その一「鳥居の前の女」

伊勢崎市内のコンビニで話を聞かせてくれたGさん(30代男性)の体験。

Gさんが高校生の頃、友人3人と深夜に龍神宮を訪れた。心霊スポットとして噂を聞きつけた肝試しだった。

河川敷を降りて龍宮の森に近づくと、鳥居の前にぼんやりと人影が見えた。白っぽい服を着た、小柄な女性。「先客がいるのか」と思いながら近づこうとしたGさんを、友人の一人が腕を掴んで止めた。

「あれ、足がない」

言われて目を凝らすと、確かにその女性の足元が見えない。膝から下がぼんやりと消えていて、地面に立っているのではなく、浮いているように見える。

4人は固まったまま動けずにいた。するとその女性が、ゆっくりとこちらを向いた。

「顔が、なかったんです」とGさんは声を落とした。「目も鼻も口もない。のっぺらぼうってやつじゃなくて、顔があるべき場所に、水面みたいな揺れがあった。川の水面が縦になってるような。それが顔の形をしてた」

次の瞬間、女性は鳥居の奥に向かってすーっと移動し、森の闇に溶けるように消えた。音は一切なかった。

「4人で必死に自転車を漕いで逃げました。翌日、そのうちの一人が40度近い熱を出して3日寝込んだんです。一礼せずに近づいたからだろうって、あとからばあちゃんに言われたらしい。龍神宮は、挨拶もせずに来る人間を嫌うんだって」

怪談その二「川底からの歌声」

これは地元の釣り愛好家、Hさん(60代男性)から飲食店で聞いた話。

Hさんは若い頃から広瀬川でよく釣りをしていた。龍神宮の近くも好ポイントの一つだったが、ある体験を境にそこでは竿を出さなくなったという。

秋の夕暮れ、龍神宮の下流側で釣り糸を垂れていたHさんの耳に、不思議な音が聞こえてきた。最初は風かと思った。でも耳を澄ますと、それは明らかに人の声だった。女の声で、歌のような、お経のような、どちらともつかない旋律。

「上流の方から聞こえてくるんだけど、岸辺からじゃなくて、川の中から聞こえてくるんですよ。水を通して響いてくるような、くぐもった声」

Hさんは気になって上流へ歩いていった。龍神宮の正面あたりまで来たとき、声がもっとも大きくなった。川面を覗き込むと、水が異常に澄んでいた。普段は濁りがちな広瀬川の水が、そこだけガラスのように透明になっている。

そして、川底に何かが見えた。

「白い着物を着た女の人が、川底に座ってるんです。正座して、両手を膝の上に置いて、顔を上に向けてる。こっちを見上げてる。そして口が動いてる。歌ってるのか、何か話しかけてるのか」

Hさんは反射的に後ずさりした。そのとき、川底の女と目が合った。

「微笑んだんです。にっこりと。きれいな笑顔でした。でもね、その笑顔を見た瞬間、全身の血が凍りました。あれは人間の笑顔じゃない。人間の顔をしてるけど、目の奥にあるのは人間の感情じゃない。何か別のものです」

Hさんは走って逃げた。翌日、恐る恐る同じ場所に行ってみたが、川はいつも通りの濁った水が流れているだけだった。

「あれ以来、あの辺りでは釣りをしてません。魚も釣れなくなったし。阿感坊の話を知ったのはずっと後ですけど、あの川底の女が乙姫だったのかもしれないと今は思ってます。乙姫様は今もあの川底にいて、誰かが来るのを待ってるんじゃないかな。3日間のおもてなしをするために。でも、その3日間は実際には何年なのか。あるいは永遠なのか。考えるだけで寒気がします」

Hさんはビールをもう一杯注文して、最後にこう付け加えた。

「あとね、一つだけ気になることがあるんだけど。あの日、川底の女を見た後に家に帰って風呂に入ったら、右足の甲に赤い痣ができてたんです。五本の指の形みたいな痣が。掴まれたような。でも、川には足を入れてないんですよ。岸辺から覗き込んだだけ。覗いただけで掴まれるなんてことがあるのかなって。その痣は三日で消えました。三日。阿感坊が龍宮にいたのと同じ、三日です。偶然でしょうけどね」

偶然、という言葉の説得力が、まるでない。Hさん自身もわかっているのだろう。「偶然でしょうけどね」と口では言いながら、その目は笑っていなかった。

龍神信仰と水の異界:なぜ川底に「別世界」があるのか

龍神宮の怪異を深く理解するために、日本における龍神信仰と水の異界について少し整理しておきます。

川底の竜宮という発想

「竜宮城は海の底にある」と私たちは思い込んでいますが、実はそうとも限りません。中世の文献『平治物語』や『源平盛衰記』では、滝壺の奥にある陸上に竜宮が存在する設定になっていますし、各地に残る龍宮伝説の舞台は必ずしも海ではない。湖底、川底、沼底。「深い水のあるところ」であれば、そこが竜宮への通路になり得るという考え方です。

龍神宮の場合、広瀬川の深い淵と巨大な岩窟がその「通路」にあたります。5世紀の伝承で「龍神の正殿」と呼ばれたこの岩窟は、水底の異界と地上をつなぐ境界ポイントだったのでしょう。

興味深いのは、阿感坊が竜宮に行ったきっかけが「鉈を川に落とした」というものであること。これは「金の斧・銀の斧」の日本版とも解釈できますが、より本質的には「うっかり水の中に入り込んでしまった」という、異界への転落のモチーフです。日本の民話には「うっかり異界に迷い込む」パターンが多い。神隠し、迷い家、竜宮。いずれも自発的に行くのではなく「引き込まれる」形で異界に到達するのが特徴です。

龍神宮周辺の広瀬川で子供の溺死事故があったとする噂は、この「水に引き込まれる」というモチーフの現代版とも読めます。古代から「ここには人を引き込む力がある」と語り継がれてきた場所で、実際に人が水に引き込まれている。伝説と現実の不気味な一致です。

「約束を守れ」という禁忌の構造

阿感坊の話で最も重要なのは「秘密を語るな」という禁忌とその違反です。日本の異界譚には必ずといっていいほど禁忌が伴います。「振り返るな」(黄泉の国)、「箱を開けるな」(浦島太郎)、「覗くな」(鶴の恩返し)。いずれも約束を破った結果、取り返しのつかない事態を招く。

龍神宮で「無礼をはたらくと祟りがある」という噂は、この禁忌構造の延長線上にあります。「龍神の正殿」に対して礼を欠くことは、阿感坊が秘密を漏らしたのと同じ「約束違反」として処理されるのかもしれません。

心霊スポットとして肝試しに訪れる行為は、龍神の視点からすれば最大級の無礼です。「粗略にするな」と1500年前に警告されている場所で、夜中にキャーキャー騒ぐ。そりゃ怒られるだろうなと、一人で静かに撮影していた私でさえ思いました。

水の神は怒りやすい

日本の水神・龍神は、加護と怒りの両面を持つ存在です。水は農業に不可欠であり、同時に洪水をもたらす破壊者でもある。祀れば水難を防ぎ五穀豊穣をもたらすが、怒らせれば容赦なく災いをもたらす。

龍宮姫が岩城皇子に「産土神として祀れば水難を除き幸せを与える」と告げた伝承は、まさにこの構造を反映しています。きちんと祀れば守ってくれる。祀らなければ守ってくれないどころか、報復がある。この「契約」としての神と人の関係が、龍神宮には今も生きているように感じられます。

私が現地で感じた「威圧感」は、もしかすると龍神による「お前は何者だ。ここに何の用だ」という問いかけだったのかもしれません。その問いに対して誠実に応えられるかどうかが、この場所との向き合い方を決める。少なくとも、ふざけ半分で行っていい場所ではないことだけは断言できます。

広瀬川周辺の怪異:龍神宮だけではない「場」の力

龍神宮が位置する伊勢崎市には、ほかにも心霊スポットが点在しています。

波志江沼では白い服を着た女の子の霊が目撃されているほか、華蔵寺公園ではジェットコースター付近で霊の目撃情報があり、過去には死体遺棄事件や入水自殺もあった。小斎橋では男性の霊が目撃され、交通安全人形の表情が変わるという怪異まで報告されている。

これだけの心霊スポットが一つの市に集中しているのは、偶然なのか、それともこの土地自体に何らかの「力」があるのか。龍神宮を中心として、広瀬川流域に沿って怪異が点在しているという地理的配置は、水系と霊的現象の関連をうかがえるようにも見えます。

水は古代から「あの世とこの世を繋ぐもの」とされてきました。三途の川、黄泉比良坂の川。死者の世界への道には、常に水がある。広瀬川という水系が、伊勢崎市という土地に霊的な「回路」を形成しているとしたら。

もちろん、これは私の推測であり、科学的根拠は一切ありません。ただ、龍神宮に立ったとき、「ここは広い何かの一部分なのではないか」という直感がありました。この神社だけが特別なのではなく、この川の流れそのものが「何か」なのだと。

考えすぎかもしれません。スーパーカブで深夜の河川敷を走ると、どうしても哲学的になるんです。寒いし暗いし。

アクセス・スポット情報

龍神宮(りゅうじんぐう) 所在地:群馬県伊勢崎市宮子町1-3003(付近) アクセス:広瀬川右岸河川敷。サイクリングロードから階段を降りた先。竜宮橋の北側 最寄り駅:JR両毛線「伊勢崎駅」からは距離があるため、車・バイクでのアクセスが現実的 駐車場:専用駐車場なし 開放:常時(ただし夜間は街灯なし、足元注意)

注意事項: 河川敷に位置するため、増水時は絶対に近づかないでください。夜間は足元が見えにくく、転倒や水難の危険があります。神社には礼を持って参拝を。肝試し目的の訪問は控えることを強くお勧めします。

周辺スポット:華蔵寺公園(車約5分)、波志江沼(車約10分)、竜宮浄水場(龍宮伝説にちなんだ名称の浄水施設)

おわりに:異界の入り口は今も開いている

龍神宮を調査して強く感じたのは、ここは単なる「怖い場所」ではないということでした。

1500年以上の龍神信仰、阿感坊の竜宮体験、首吊りや溺死の噂。これらが層を成して、この小さな河川敷の神社に独特の「磁場」を形成している。怖いのか、聖なるのか、その区別がつかない場所。それが龍神宮の本質なのだと感じます。

阿感坊は竜宮の秘密を語って死にました。私はこうして記事にしてしまっている。大丈夫だろうか。まあ、阿感坊は「誰にも言うな」と直接言われたわけで、私は誰にも言われてないから、きっとセーフだと信じたい。信じたいんですが、執筆中にやたらとPCがフリーズするのは何なんでしょうね。偶然だと思いますけど。

もし龍神宮を訪れることがあれば、鳥居の前で一礼することをお忘れなく。それだけで、あの「圧力」が少しだけ和らぐかもしれません。和らがなかったら、それはもう、龍神様がよほど機嫌が悪いか、あなたがよほど失礼なことをしたかのどちらかです。責任は持ちません。

次回もどこかの心霊スポットでお会いしましょう。阿感坊に怒られてなければ。

奇怪千万

参考文献・情報源

歴史・伝承関連:
日本伝承大鑑「龍神宮」(japanmystery.com)、
Wikipedia「宮子の竜宮」、
群馬観光情報「ぐんラボ!」龍神宮紹介記事(we-love.gunma.jp)、
伊勢崎市観光協会 伝説ページ、『口口相承龍宮本記』碑文(龍神宮境内)、『群馬県史』(阿感坊関連記述)

心霊情報関連:
ウワサの心霊話(sinreikousatu.jp)龍神宮ページ、
全国心霊マップ(ghostmap.jp)龍神宮ページ
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