樹海村 ― 犬鳴村・杉沢村に続く「実在しない隔絶集落」都市伝説、青木ヶ原樹海に眠る呪いの箱の正体

富士山の裾野、風もなく音もなく、木々だけがどこまでも密生する原生林――青木ヶ原樹海。「自殺の名所」として世界的にすら知られてしまったこの場所には、古くから数多の怪談・都市伝説が積み重なってきた。その集大成とも言うべき噂が「樹海村」である。すなわち「樹海に迷い込み、二度と出てこられなかった者たちが、いつしか寄り集まって暮らすようになった隔絶集落がある」という都市伝説だ。この噂は2021年、清水崇監督によって映画『樹海村』として実写化され、「犬鳴村」に続く「実録!恐怖の村」シリーズ第2弾として大きな話題を呼んだ。

語り継がれる話

語られるところによれば、青木ヶ原樹海の奥深く、地図には決して載っていない場所に、小さな集落がひっそりと存在するという。その住人たちの多くは、かつて自ら命を絶とうとして樹海に足を踏み入れながら、なぜか死にきれなかった者たちだと語られる。行き場を失い、樹海から出る道もわからなくなった彼ら彼女らは、やがて樹海の奥で寄り添うように暮らし始め、外部との接触を一切絶った独自の共同体を形成するに至った――というのが噂の骨子である。 この噂を裏付けるかのように語られるのが、樹海にまつわる数々の「異常現象」だ。まず有名なのが「樹海に入るとコンパスが狂う」という話である。

樹海の地盤は富士山の噴火による溶岩でできており、この溶岩には磁鉄鉱が多く含まれているため、方位磁針が正常に機能しなくなる、という「科学的っぽい」説明がまことしやかに付け加えられる。実際にはこの磁鉄鉱の影響はごくわずかであり、コンパスがぐるぐると激しく回転するほどの磁気異常は起きないというのが実情だが、「樹海に入ったら方角を見失い、二度と出られなくなる」という恐怖の物語を補強する小道具として、この「コンパスが狂う」という噂は現在に至るまで語り継がれている。 樹海村の物語には、しばしば次のような「体験談」が添えられる。

ある登山者、あるいは肝試しに訪れた若者のグループが、道に迷って樹海を彷徨っているうちに、木々の合間に古びた家屋の影を見つける。近づいてみると、そこには確かに人の住んでいる気配があり、電気も通っていないはずなのに灯りがともっている。恐る恐る声をかけると、中から出てきたのは、ひどく痩せこけた、目つきの鋭い老人だった。老人は「ここから先には来るな」とだけ告げ、足早に若者たちを樹海の外へと導いていく。そして最後にこう言い残す。「ここで見たことは、誰にも話すんじゃないぞ」――若者たちは震えながら樹海を後にするが、後になって振り返っても、そこに集落があったことを示す痕跡は一切見つからなかった、という結末で語られることが多い。

映画『樹海村』では、この樹海村の噂に、もう一つの著名なインターネット怪談「コトリバコ」の要素が組み合わされている。物語は、不登校の少女・天沢響とその姉・鳴が、友人宅の引っ越しを手伝う最中に床下から奇妙な木箱を発見するところから始まる。複雑に組まれたこの箱に触れた者たちには次々と不幸が降りかかっていく。響の祖母は急死し、友人は行方不明になり、精神科医は自ら命を絶ってしまう。やがて物語は、この呪いの箱の起源が樹海に捨てられた人々の怨念に由来することを示唆しながら、樹海の奥に潜む霊的な脅威そのものへと収束していく構成になっている。

いつから語られたのか

樹海村という都市伝説そのものの初出を厳密に特定することは難しいが、その成立には明確な系譜が存在する。まず土台となっているのは、青木ヶ原樹海が古くから「自殺の名所」として認知されてきたという実在の事実である。松本清張の小説『波の塔』(1960年)で樹海が自殺の舞台として描かれたことが、この負のイメージを全国的に広めた大きなきっかけとされる。以後、樹海は繰り返し自殺の舞台としてメディアに取り上げられ続け、2015年にはガス・ヴァン・サント監督のハリウッド映画『追憶の森』でも題材にされるなど、その悪名は国際的にも広がっていった。 この「自殺の名所」というイメージに、「犬鳴村」「杉沢村」といった、より直接的な系譜が合流する。

犬鳴村伝説は、福岡県に実在する犬鳴峠・旧犬鳴トンネルにまつわる噂を土台にしたものだ。旧犬鳴トンネルは1975年に新道が開通して以降、通行量が激減し、心霊スポットとしての噂が先行して広まっていた場所である。さらに1988年には実際にこの近辺で殺人事件が発生し、「恐怖のトンネル」というイメージが決定的なものとなった。この実在の負のイメージの上に、「トンネルの先には外部と接触を絶った村があり、日本国憲法も通じない」という、全くの創作である都市伝説が2000年代のインターネット上で構築されていった。

杉沢村伝説はさらに先行するもので、青森県で語られていた怪談が、1997年にウェブサイト「怪異・日本の七不思議」に投稿されたことでインターネット上に本格的に広まったとされる。1999年には写真付きの記事も登場し、2000年8月にはフジテレビの人気番組『奇跡体験!アンビリバボー』で取り上げられたことで全国区の知名度を獲得した。

杉沢村という地名自体は、実在する青森市内の「小杉集落」(方言で「杉さ行く」が訛ったものとされる)に由来するとされるが、伝説の核となる「集落の全滅・大量殺人」という要素は、1938年に岡山県で発生した実在の大量殺人事件「津山事件」や、映画『野性の証明』(架空の集落「風道」が舞台)、さらには199名の死者を出した実在の八甲田山雪中行軍遭難事件などが複合的に混ざり合って形成されたと考えられている。 杉沢村伝説を語る記事の多くが明記している通り、「杉沢村の伝説で語られるような大量殺人事件の記録は、青森県内では確認されていない」というのが実態である。

つまり杉沢村伝説とは、実在の地名、実在の陰惨な事件、実在しない創作の三つが継ぎ接ぎされることで生まれた、都市伝説生成のメカニズムを教科書的に示す事例なのである。 樹海村は、この犬鳴村・杉沢村という「実在しない隔絶集落」系都市伝説の系譜の上に、青木ヶ原樹海という既存の「自殺の名所」イメージを重ね合わせることで成立した、いわば第三世代の都市伝説だと位置づけることができる。そして映画『樹海村』(2021年公開)は、この系譜を意識的に踏襲する形で、東映が「犬鳴村」(2020年公開)に続く「実録!恐怖の村」シリーズ第2弾として制作したものである。

監督は『呪怨』シリーズなどで知られる清水崇が続投し、和製Jホラーの「村」ものというジャンルを確立させた。

コトリバコ融合バージョン

映画『樹海村』が採用した最大の派生要素が、前述の「コトリバコ」である。コトリバコとは、これもまた2ちゃんねる発祥の著名な怪談で、「複雑に組まれた小さな木箱の中に子供の身体の一部を封入することで作られた呪いの箱」であり、その箱が置かれた家の女性や子供に深刻な内臓の損傷をもたらす、という凄惨な設定を持つ。本来、コトリバコと樹海村は別々に生まれた都市伝説であるにもかかわらず、映画という媒体の中で意図的に融合されたことで、「樹海に捨てられた者たちの怨念が箱に宿る」という新しいハイブリッド版の伝説が生まれた。この映画的な融合が、逆にインターネット上で「樹海村とコトリバコは元から関連する話だったのか」という誤解を生む一因にもなっている。

精進湖民宿村との混同バージョン

樹海村の噂の中には、「樹海の奥に実在する集落を見た」という体験談が一定数存在するが、これは実在する「精進湖民宿村」という、16軒ほどの民宿からなる観光施設との混同である可能性が高いと指摘されている。この民宿村は樹海の近辺に実在し、森林浴を楽しむ観光客向けの静かな施設であるが、夜間に人気のない状態でこれを目撃した者が、脈絡のない不気味さから「これが噂の樹海村ではないか」と早合点し、体験談として広めてしまうケースがあると考えられている。

新興宗教施設バージョン

樹海にまつわる派生的な噂の一つに、「樹海の奥に謎の新興宗教施設がある」というものがある。これは樹海村の隔絶集落説とは微妙に異なる系統の噂だが、しばしば混同して語られる。オウム真理教が過去に富士山麓に拠点(サティアン)を構えていたという実在の歴史的事実(1990年代)が、この手の「樹海の奥に得体のしれない集団施設がある」という噂に強いリアリティを与えている側面は否定できない。

体験談・目撃談

ある登山愛好家は、若い頃に肝試し気分で単独で青木ヶ原樹海に足を踏み入れた経験を語っている。あらかじめ遊歩道の存在は知っていたはずなのに、ふと気づくと道を外れてしまい、周囲はどこを見ても同じような木々ばかりで方角がまったくつかめなくなったという。「地面がでこぼこの溶岩でできていて、足元も悪く、あの独特の静けさの中にいると、次第に自分がどちらから来たのかすらわからなくなっていく感覚に襲われた」と証言している。幸い数時間後に遊歩道に戻ることができたが、「あの時、もし誰かに出会っていたら、それが人間だったのか、噂の樹海村の住人だったのか、今でも自信を持って否定できない」と振り返っている。

別の体験談として、樹海周辺で撮影を行っていたテレビクルーのスタッフが、「機材の電池が理由もなく急速に消耗した」「同行していたカメラマンが体調不良を訴えて撮影を中断した」といった、いわゆる「呪いのようなトラブル」を報告する事例がしばしば語られる。映画『樹海村』の撮影中にも、照明技師の男性が現場で倒れ、後に亡くなるという痛ましい出来事が実際に起きている。死因は脳出血による病死であることが公表されており、映画の呪いとは無関係であることが明確にされているが、それでもなお一部のオカルト系掲示板では「樹海村の呪いではないか」と結びつける憶測が飛び交った。

さらに、樹海内の巡回員(自殺志願者の保護・巡回を行う実在のボランティアや警備員)を名乗る人物の証言として、「バスから降りてくる人物の中には、自殺志願者特有の独特な行動や雰囲気があり、経験を積んだ人間には一目でそれとわかる」という話がある。これは怪異譚ではなく、樹海が「自殺の名所」であるという厳然たる実態を裏付ける、より生々しい証言だといえる。

ネットでの広まり

樹海村の噂は、2020年の映画『犬鳴村』のヒットを受けて2021年に映画『樹海村』が公開された前後、SNS上で急速に「元ネタは何なのか」という考察が広まった。多くの考察系ブログやYouTubeチャンネルが、「樹海村自体は映画オリジナルの設定であり、実在する都市伝説として長く語られてきたわけではない」という趣旨の指摘を行っており、犬鳴村・杉沢村と比較して、樹海村は「先に映画のタイトルとして提示され、それに合わせて都市伝説めいた噂が後追いで形成された、比較的新しいパターンの都市伝説」であるという見方が定着している。

一方で、青木ヶ原樹海そのものにまつわる噂――コンパスが狂う、遊歩道を外れると出られなくなる、動物の死骸や人の遺留品が多数放置されている、といった噂――は、樹海村という映画が登場する以前から長年語られてきた、独立した都市伝説群である。考察界隈では、これらの独立した樹海怪談群と、映画発の「樹海村」という設定が、時間の経過とともにあたかも一つの伝説であったかのように混同され、再生産されていく過程そのものが興味深い現象として観察・分析されている。 また、犬鳴村・樹海村・牛首村と続く「実録!恐怖の村」シリーズ全体に対して、「実在しない都市伝説をタイトルに冠することの是非」を問う声もSNS上で一定数見られた。

特に犬鳴村については、実在する犬鳴峠周辺の住民や関係者への風評被害を懸念する声が上がったことも報じられており、都市伝説の映像化がもたらす社会的な影響についての議論も、この一連のシリーズを語る上で欠かせない論点となっている。

実在する元ネタ・関連地名・関連事件

青木ヶ原樹海そのものは、山梨県富士河口湖町・鳴沢村にまたがって実在する広大な原生林であり、平安時代の貞観大噴火(864年〜866年)の際の溶岩流の上に成立した森林である。「自殺の名所」としてのイメージは、前述の松本清張『波の塔』の影響に加え、実際に自殺者数が全国的に見ても多い地域であったという統計的事実に裏付けられている。この点で樹海の負のイメージは、純粋な作り話ではなく、痛ましい現実の上に成立した都市伝説だという特殊性を持つ。 樹海内には「富岳風穴」「鳴沢氷穴」といった実在の観光鍾乳洞・溶岩洞窟があり、また全長2キロメートルにも及ぶ謎の石塁が実在することも知られている。

この石塁の建造目的は現在に至るまで未解明であり、これもまた樹海にまつわる「謎」のイメージを補強する実在の要素となっている。 犬鳴村伝説の元となった犬鳴峠・旧犬鳴トンネル(福岡県)、杉沢村伝説の元となった小杉集落(青森県)は、いずれも実在する地名であり、これらの土地に対する風評被害という現実的な問題も、都市伝説を取り扱う上で無視できない側面である。津山事件(1938年、岡山県)も実在した凄惨な大量殺人事件であり、杉沢村伝説の形成に影響を与えたとされる。

これらの実在の地名・実在の事件が、フィクションである「隔絶集落」の物語と結びつけられていく過程こそが、犬鳴村・杉沢村・樹海村という一連の「恐怖の村」都市伝説を理解する上で最も重要な論点であるといえるだろう。

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