実家の玄関は昔から建て付けが悪い。引き戸を開けるとき、必ず一度つかえてから動く。
八月の終わりの金曜日、私は五年ぶりにその引っかかりを手の中に感じた。

母の容体が良くないと姉から連絡が来たのは三日前だった。末期の癌で、もう病院での治療はしていない。自宅で看取ると決めたのは母自身だった。
廊下の奥から姉の綾乃が出てきた。頬のあたりが削げている。四年近い在宅介護は姉の顔から丸みを持ち去っていた。
「早かったね」
「特急が空いてた」
それだけの会話で居間へ通された。仏間と続きになった八畳で、窓際に鳥籠が掛かっている。母が七年前から飼っているセキセイインコのチロだ。
荷物を降ろした瞬間だった。
鳥籠の中から声がする。
「三人で帰ってきた」
私は手を止める。
鳥の声ではなかった。いや、鳥の声ではあるのだが、その調子は完全に母のものだった。語尾がわずかに掠れる癖までそっくり同じである。
「チロ、しゃべるようになったの」
「最近ね。変な言葉ばっかり覚えるの」
姉は台所へ立ちながら答えた。お母さんの口癖を覚えたんでしょ、と続ける。
私は携帯を出して録音ボタンを押した。指が滑って二度押しになる。
チロは止まり木の上で首をかしげ、もう一度言う。

「三人で帰ってきた」
母の声だった。声帯の震えの再現ではなく、母がそこにいて話しているとしか思えない声である。録音は間に合っている。
「お母さん、そんなこと言ってた?」
姉の手が蛇口の上で止まった。
「言ってない。少なくともチロが来てからは、一度も」
姉はこちらを見ずに答える。水音が再開するまでに数秒の間があった。
チロはそれきり黙り、餌をねだる普段の声に戻る。録音には二度目の一言が残った。三人で帰ってきた。再生するたび、居間の空気が少しだけ下がる。
うちの家族は四人だった。父は十年前に死んだ。今は母と姉と私で三人になる。それなら計算は合う。
合うはずなのに、その言葉は帰宅の報告として発音されていた。ただいまの続きのような調子で。
誰が、いつ、三人で帰ってきたのか。
その夜は考えないことにした。母の顔を見るために帰ってきたのだ。鳥の言葉に付き合っている場合ではなかった。
母の寝室は一階の南側にある。襖を開けると、介護ベッドの上で母が目を開けていた。
六十九歳という年齢よりずっと痩せていたが、目だけがはっきりしている。私を見て、母は口元を動かした。
「やっと三人になった」

枕元に座った姉が、私の顔を見る。
母と姉と私。三人。おかしい言葉ではない。娘が二人そろって嬉しがる母親の言葉として、どこにも引っかかる要素はないはずだった。
母は続ける。
「あの雨の日も、三人で帰ってきたでしょう」
姉の膝の上で、指が組み直された。
「お母さん、どの雨の日」
「あんたが十歳の夏。台風の日。綾乃が迎えに行って、三人で帰ってきた」
私には確かにその夜の記憶がある。十歳の八月の終わり、台風が来る前の晩に姉が学校まで迎えに来てくれた。豪雨の中を歩いて帰った。

覚えているのは雨の音と、暗い場所と、誰かの手を握っていた感触だけだ。家までの道筋がどうしても思い出せない。気がつくと居間で乾いたタオルに包まれていた。
迎えに来たのは姉一人で、帰ったのは姉と私の二人のはずだ。
「二人だよ、お母さん。私とお姉ちゃん」
母は私の顔をしばらく見ていた。値踏みをするような目ではなかった。遠くの看板の文字を読もうとするときの目である。
「三人で帰ってきた」
同じ言葉を繰り返して、母は目を閉じた。
姉は病気のせいだと小声で言う。せん妄というやつ。時々ああなるの。
部屋を出る間際、母がもう一度目を開けた。
「文香。北側の子供部屋ね、壁紙だけは剥がしちゃ駄目よ。私が死ぬまでは」
その言い方だけは、せん妄には聞こえなかった。
家を売る話は姉との電話ですでに決めてあった。
母を看取ったら実家を処分する。姉は介護のために自分の生活を四年削ってきた。これ以上この家に姉の時間を吸わせたくなかった。私にできる唯一の親孝行が、皮肉なことに家を消すこと。
土曜の午前中、私は査定に必要な書類を探して二階へ上がった。
北側の子供部屋は私と姉が使っていた部屋だ。学習机が二つ、当時のまま残っている。日当たりが悪く、八月なのに床が冷えていた。
権利証の類いは見つからず、代わりに机の裏から一冊のノートが落ちてきた。
引き出しの奥板と壁の隙間に挟まっていたらしい。緑の表紙に、丸い子供の字でこう書いてあった。

ふみか・みはる こうかんにっき
美晴。
その名前を目にした瞬間、口の中に古い水の味が広がった。錆と土の混ざったような味だった。
久世美晴。十歳のときの同級生だ。名前を思い出したというより、名前のほうが私の中の何かを引きずり出した感じだった。
頁をめくると、他愛のない記述が続いていた。飼育小屋のうさぎに名前をつけた話。プールの検定の話。おたがいの家族の話。
美晴の頁には父親のことがよく書かれていた。お酒を飲むと口笛を吹くお父さん。その一文を読んだとき、私の耳の奥で実際に口笛が鳴った。
曲まで思い出せる。音程の外れた、およげたいやきくん。
なぜ会ったこともないはずの他人の父親の口笛を、曲まで覚えているのだろう。
日記は八月の末で終わっていた。最後の三頁だけ筆圧が変わっていた。
美晴の字。明日、学校に置いてきたノートをとりにいく。
私の字。綾乃お姉ちゃんが迎えにきてくれるから、帰りは三人だね。
その次の頁には、どちらのものとも判別のつかない字があった。
くらいところで、お姉ちゃんはどっちの手をはなしたの。
返事は私の筆跡だった。
はなしてない。三人で帰った。
最後の頁は白紙に見えた。窓からの光に斜めにかざすと、鉛筆で書いて消した筆圧の跡が浮く。
おばさんが「ふみか」ってよんだら、ふたりともへんじをした。
私は日記を閉じた。北側の部屋は八月の昼だというのに、指先が冷えて感覚が薄れている。

階下でチロが鳴いた。母の声かどうかは、ここからでは聞き分けられない。
昼食の後、私は日記を姉の前に置いた。
「久世美晴って覚えてる」
姉の箸が止まった。知らない、と即答が返る。即答が早すぎた。
姉が嘘をつくとき、語尾の前に息を一度飲む。子供の頃から変わらない癖だ。今の即答には、その息が挟まっていた。
日記の表紙を姉のほうへ向けた。姉は長いあいだ緑の表紙を見ている。麦茶の氷が鳴った。
「迎えに行ったのは覚えてる」
姉はやっと口を開いた。
「あんたが日記を学校に忘れて、取りに戻るって聞かなくて。台風が来てたから、お母さんに行かされた。旧校舎の昇降口で、あんたともう一人、女の子がいた」
「美晴」
「名前は知らない。あんたの友達だと思った。二人とも送るつもりで、帰りは旧道の歩行者トンネルを通った。近道だったから」
姉の指が湯呑みの縁をなぞっている。何周も何周も。
「トンネルの中で停電が起きた。照明が全部消えて、増水した水が足首まで来てた。私は両手であんたたちをつかんでたの。右にあんた、左にあの子」
姉はそこで言葉を切った。続きを促す必要はなかった。湯呑みをなぞる指が止まったからだ。
「真っ暗の中で一回だけ、両方の手が離れた。水に足を取られて転びそうになって、二人ともつかみ直した。すぐに」
「すぐに」
「たぶん、すぐに」

トンネルを出ると外はまだ豪雨で、姉の両手には二人の少女がいたという。人数は合っていた。だから姉はそのまま家まで歩いた。
「変なこと聞くけど」
姉の目は湯呑みの中に落ちたままである。
「トンネルを出てから家に着くまで、私、どっちが妹か分からなかった。二人とも同じくらいの背で、同じように濡れてて、二人とも黙って歩いてた。玄関に着いてお母さんが出てきて、それで」
姉はそこから先を言わない。台所の時計の秒針だけが動いていた。
「それで、どうなったの」
「覚えてない。気がついたら、あんたが居間でタオルに包まれてた。もう一人の子のことは、次の日には誰も話さなくなってた」
覚えてない、の前に姉の視線が一瞬だけ天井へ逃げる。
消された鉛筆の一文が頭の中で像を結んだ。
おばさんが「ふみか」ってよんだら、ふたりともへんじをした。
私はその一文を姉に見せていない。見せたら姉が答えを口にしてしまう気がした。答え合わせを始めたら、この家の何かが確定してしまう。
午後、私は日記に出てくる担任の名を頼りに、市の退職教員会へ電話をかけた。
高木先生は七十代で健在である。教え子からの連絡だと伝えると、その日の夕方にビデオ通話に応じてくれた。
画面の中の高木は白髪になっていたが、話し方は当時のままである。久世美晴の名を出すと、老眼鏡の奥の目が細くなった。
「久世さん。いましたね、確かに。お宅は市営住宅の奥のほうで、あまり友達を家に呼ばない子でした」
「二学期からいなくなったんです。何があったんですか」
「転校としか聞いていません。九月の頭に教頭から、久世は転校しましたとだけ。書類を見た記憶がないんです。転校先の学校名も、送り出しの挨拶もないままでした」
三十年近く前のことをよく覚えていますね、と私は言った。高木は首を振る。
「忘れられませんよ。児童が一人、手続きの形も残さずに消えたんですから。当時も職員室で少し問題になりました。教育委員会に問い合わせた者もいたはずです。回答は来なかったと聞いています」
高木はそこで身を乗り出し、画面越しに私の顔をまじまじと見た。
「それにしても懐かしい。大人になりましたねえ、美晴さん」
部屋の温度が変わった気がした。
「先生、私は森川です。森川文香」
「ああ、そうだ、失礼。森川さん。どうも最近、名前がすっと出なくて」
高木は笑って詫びた。老人の言い間違いとして処理できる出来事だった。その処理がなぜかできない。

通話を切る前に、高木は当時の学級写真を探して送ると約束してくれた。
写真は翌日の朝、スマートフォンに届いた。
四年二組の集合写真。前列の右端に私がいた。おかっぱで、目の細い、気の強そうな子供。列の反対側、左端近くに久世美晴がいた。癖毛を二つに結んだ、鼻の丸い子。
二人の子供は似ていなかった。骨格から違っていた。
洗面所の鏡の前に立って、写真と自分の顔を見比べる。

三十五歳の私の顔は、目の細いおかっぱの子供の延長線上にはなかった。鼻の丸みも、眉の位置も、癖のある生え際も、左端の子のほうへ寄っていた。
成長で顔は変わる。誰の顔も変わる。それだけのことだと蛇口をひねった。
顔を洗っているあいだ、閉じた瞼の裏で音程の外れた口笛が鳴り続けている。
写真を見たその日の朝、私は日記をもう一度最初から読み直した。
途中から筆跡の癖が入れ替わっているのが分かる。
前半の「ふみか」の字は右上がりで、はねが強い。「みはる」の字は丸く、線の終わりが押しつけたように太る。七月の半ばを境に、その特徴が互いの頁へ滲み出していた。
八月に入ると、ふみかの頁の字が丸くなり、線の終わりが太り始める。みはるの頁の字には右上がりの癖が現れる。最後の三頁では、二人の字はほとんど区別がつかなくなっていた。
子供の字は数ヶ月で変わる。仲のいい二人が互いの字を真似ることもある。二人の癖が同じ頁の中で入れ替わっていく日記を、私は初めて見た。
運動会の古い八ミリを、母がDVDに焼いていた。居間の棚から探し出して再生する。玉入れの列で、幼い私は左手で玉を投げている。何度巻き戻しても、左手のままだ。

台所で洗い物をしていた姉に、私は左手を見せた。
「私って昔、左利きだった?」
姉の手からスポンジが落ちる。拾い上げるまでに一拍あった。
「なんで今それ聞くの」
「昔の運動会の映像。私、左手で玉を投げてた」
姉は蛇口を止めた。濡れた手をエプロンで拭く。目は合わない。
「あんたは左利きだった。お箸も鉛筆も左。お母さんが直そうとして、結局直らなかった」

「私、右利きだよ。ずっと」
「そう。あの夏の後からね」
姉の声は平坦だった。平坦すぎた。四年の介護生活が姉から抑揚を奪ったのか、それとも二十五年前からこの話題だけ抑揚を殺してきたのか、私には判別できない。
「利き手なんて、直るときは直るでしょ」
姉はそう締めくくって、洗い物に戻った。水音が会話の続きを流していった。
私の右手は箸を持てる。ペンも持てる。左手では文字ひとつ書けない。十歳まで左で生きてきた人間の左手が、そこまできれいに白紙になるものだろうか。
思い出そうとした。左手で鉛筆を握った感触を。何も出てこなかった。
代わりに出てきたのは、青い食器棚だった。
うちの台所の食器棚は昔から茶色い。今、目の前にあるのも茶色だ。なのに私の記憶の中には、取っ手の丸い青い食器棚がある。その横の柱には鉛筆の線が何本も引かれ、線の脇に「みはる」と書かれていた。
身長を測った柱。うちには存在しない柱。
誰の家を、私は覚えているのか。
その日の昼前、私は姉の軽自動車を借りて家を出た。
台風の前触れの雨が降ったり止んだりしている。行き先は二つ決めていた。久世家があった市営住宅と、旧道の歩行者トンネルだ。
市営住宅は十年前に取り壊されたと、車を貸すときに姉が教えてくれた。跡地は市の防災倉庫と、遊具のない小さな公園になっていた。
車を降りて、公園の縁に立つ。雨に濡れた鉄棒が一本あるだけの、四角い土地だった。
ここに美晴の家があった。青い食器棚と、身長の線を刻んだ柱があったはずである。

そのはずなのに、立ってみると記憶と地形が合わない。私の覚えている久世家の窓からは山が見えた。この土地から山は見えない。どの向きに立っても、見えるのは県道と量販店の看板だけだった。
記憶のほうが間違っているのか。それとも、この土地のほうが。
帰り道に旧道へ回った。
歩行者トンネルは今も残っていた。新道のバイパスができてから使う人が絶えたらしく、入口の前に古い単管バリケードが置かれている。通行止めの札は色が抜けて、字が読めなくなっていた。
入口の縁に立って、中をのぞいた。
照明は死んでいる。十メートルほど先から闇になり、出口の光は見えなかった。壁面は黒く濡れて、天井から水が落ちる音だけが規則的に響いていた。

入口の縁に右手をついて、身を乗り出す。
親指の付け根に、三日月形の古い傷跡がある。この場所で、この金具か何かに引っかけて負った傷だと、私はずっとそう記憶している。傷の上を反対の指でなぞると、なぜか二本ぶんの感触があるような錯覚がした。
入口の周りを見て、遅れて気づく。
蜘蛛の巣がない。
使われない構造物の入口には巣が張るものだと、どこかで聞いた気がする。ここには巣ひとつ、枯れ葉ひとつ引っかかっていなかった。最近、何かが通ったようにも見えた。断定はできない。風の通り道なのかもしれない。
水滴の音を聞いているうちに、耳が拍子を拾い始めた。
落ちる間隔が均等ではなかった。長く、短く、短く、長く。天井の水は音程を持たないのに、その間隔だけが、およげたいやきくんの出だしをなぞっていた。
空耳だ。そう決めて車に戻った。
エンジンをかけてミラーを見ると、トンネルの入口が小さく映っていた。闇の縁のところで、白いものがひとつ揺れた気がする。ワイパーを動かすと、もう何も見えなかった。
家に着くまで、ミラーは一度も見ていない。
その日の午後、チロがまた母の声を出した。
「壁の真ん中は剥がさないで」
居間には私しかいなかった。録音は間に合っている。チロは首を左右に振り、それきり普段の鳴き声に戻った。
二時間後、不動産業者から姉の携帯に電話が入った。外壁の点検で北側に雨漏りの痕跡が見つかった、内側の壁紙を剥がして下地を確認したい、という内容である。
姉が母の寝室でその件を報告した。私は襖の外で聞いていた。
母は激しく咳き込んだ。咳の切れ目から声が出た。

「壁の真ん中は剥がさないで」
私は自分の携帯を握り直す。
夜、二つの録音を並べて再生した。チロの声と、母の声。波形を見る必要はなかった。咳払いの位置、息継ぎ、掠れの深さまで一致している。
順番だけが逆だった。
チロが先で、母が後。二時間の差で、鳥が母の声を先に話していた。
鳥は言葉を覚えて繰り返す生き物だ。まだ発せられていない言葉を覚えることはできない。できないはずのことが、この家の居間で二度起きていた。
初日の「三人で帰ってきた」も同じ構造なら、あの言葉はまだ母の口から出ていない。
つまり母はこれからあの言葉を言う。掠れも咳も含めて、あのとおりに。
その夜は居間の電気を消せなかった。鳥籠に布を掛けるとき、チロは止まり木の上で私を見ていた。鳥の目に表情はない。ないはずのものを探している自分に気づいて、布を強めに引いた。
布を掛け終えたころ、風が変わった。
台風は夜半に最接近するという予報である。訪問看護師から、道路の冠水で到着が遅れるとの連絡が入っている。姉が非常用のランタンを出し、私は雨戸を閉めて回った。
北側の子供部屋の雨戸を閉めるとき、壁を見た。
窓の右手の壁紙が、下のほうから浮き始めている。雨漏りが下地まで届いているらしく、継ぎ目が波打っていた。膨らみは壁のほぼ中央にあった。
壁の真ん中は剥がさないで。
剥がすつもりはなかった。私は部屋の電気を消し、襖を閉めた。
閉める直前、壁の中で音がする。
こす、こす、と乾いた音だった。板の内側を指の腹で擦るような音。ねずみと思うには規則的すぎた。三回擦って、止まる。また三回擦って、止まる。
階段を降りる足が速くなった。降りきったところで居間のチロが鳴く。
母の声だった。

「先に手をつかめたほうを、居間に入れた」
その言葉は日記のどこにもない。録音のどこにもない。誰も発していない言葉を、鳥がまた先取りする。
先に手をつかめたほう。つかめなかったほうは、どこへ行ったのか。
この言葉を母がいつ言うのか、私はまだ知らない。
停電は九時過ぎに来た。家中の電気が落ち、ランタンの光だけが残った。雨は雨戸を横から叩き、二十五年前と同じ音を立てている。
姉と交代で母の部屋に詰めた。廊下は暗く、ランタンを持って歩くと自分の影が壁を大きく渡っていく。
交代の途中で一度だけ、二階へ上がる階段の下を通った。上から水の匂いが降りてきた。雨漏りの匂いとは違う。溜まって時間の経った、古い水の匂いだった。
日記を開いたとき口の中に広がった、あの味と同じ系統に属する匂い。
階段の上は見なかった。見ないまま母の部屋へ入った。
母の呼吸が浅くなったのは、停電の少し後である。
姉が枕元で手を握り、私は反対側に座った。ランタンの灯りの中で、母は目を開けていた。意識ははっきりしている。末期の患者に時々訪れる、奇跡のように明晰な数時間だった。
母は天井を見たまま話し始めた。誰かに聞かせるというより、ずっと胸の中で復唱してきた文章を、最後に外へ出すような口ぶりである。

「あの夜ね。玄関を開けたら、綾乃が立ってたの。両手に一人ずつ、女の子の手を引いて」
姉の背中が固まった。
「二人ともずぶ濡れで、顔も服も違う子なの。それなのにね、文香、って呼んだら」
母はそこで息を整えた。
「二人とも顔を上げたの。二人とも、はい、って返事をしたの。同じ声で」
雨が雨戸を叩いていた。ランタンの炎が細くなった。
「お母さんには分かったのよ。両方とも、私の娘だって。理屈じゃないの。両方とも文香だった。顔は違うのに」
「それで、どうしたの」
私の声は自分の耳にも分かるほど乾いている。
「先に手をつかめたほうを居間に入れた。もう一人は二階の子供部屋に入れて、外から鍵をかけた。朝になったら考えようと思って。お父さんが警察に電話して、お巡りさんが来て、部屋を開けたら」
「誰もいなかった」
母は小さくうなずく。
「窓は内側から鍵がかかってた。次の日からお父さんも綾乃も、帰ってきたのは二人だって言うようになったの。久世さんの家は空き家になってて、近所の人は誰もそんな家族を知らないって」
母はそこで一度、咳をした。

「あの頃、北側の子供部屋は雨漏りで壁を直してる最中でね。左官屋さんが漆喰を塗ったばかりで、まだ乾いてなかったの。だからお母さん、玄関で三人を止めて、部屋の壁の前に並ばせた。並びなさい、右手をつきなさいって」
姉の肩が動いた。
「濡れた壁に、三人の右手を押させたのよ。何のためって、今も分からない。ただそうしなきゃいけない気がして。それから二人を居間に、一人を子供部屋に入れた。手形だけが、三つ残った」
母の視線が初めて天井から私へ移る。
「お母さんも忘れちゃったの。どっちの子を居間に入れたのか。手をつかんだ感触は覚えてるのに、どっちの手だったのか」
握られた姉の手が、母の手の中で白くなっていた。
「お父さんが生きてる間は、言えなかった。あの人は二人だと信じてたから。お父さんが逝ってからも、言えなかった。本当のことを口に出したら、居間に入れた子が文香でなくなる気がして。呼び続けてるあいだは、あんたが文香でいてくれると思って」
母は少し笑った。
「文香、文香って呼んでいれば、どっちだろうとあんたは私の娘だと思って」
母の告白が終わって間もなく、二階で音がした。
こす、こす。
姉が顔を上げる。姉にも聞こえている。私一人の耳の問題ではなくなった。
音は次第に形を変えた。擦る音の合間に、くぐもった声が混ざり始める。壁一枚と床一枚を隔てて、それは確かに言葉だった。
「お母さん」
子供の声で、北側の部屋の壁が母を呼んでいる。
姉の唇が動いた。声にならない声で、聞こえるよね、と言った。私はうなずくことしかできない。
母の呼吸が変わったのはそのときだった。
浅い息が数回続き、母は目を大きく開けた。視線が私を探し、見つける。
「あなたは、どっち」
二十五年間この人が飲み込み続けてきた質問が、最後の力で私に向けられた。

答えを探した。私は文香だ。そう答えればいい。三十五年、いや、少なくともこの二十五年、私は森川文香として生きてきた。学校を出て、働いて、この名前で税金を払ってきた。
口を開く。
声が出ない。
自分が文香だという記憶の中に、青い食器棚が立っている。柱の身長の線が、口笛が、左手の白紙が立っている。私の中の何かが、断言の直前で足を止めさせる。
母の目は待っている。
二階の壁は、お母さん、と呼び続けている。
私は母の手を取った。姉の手の横に、自分の手を重ねた。
「ここにいるのは、綾乃と、あなたの娘だよ」
過去の人数は言わない。名前も言わなかった。今この部屋にある関係だけを、母の手のひらに乗せた。
母の目から力みが抜けていく。責める色も疑う色もない目になった。玄関で二人の少女を見たときも、きっとこの目をしたのだろう。
居間のほうで、チロが鳴いた。
母の声で。
「三人で帰ってきた。今も三人いる」
枕元の母は口を閉じたままだ。鳥の声だけが廊下を渡ってきた。
数十秒後、母の唇が動いた。掠れて、途中で咳が挟まって、それから続きが出る。
「三人で帰ってきた。今も、三人いる」
録音と照合するには及ばなかった。鳥が先に話した声と、寸分違わない。
言い終えると、母は目を閉じた。呼吸の間隔が伸びていき、雨音の中に溶けていった。訪問看護師が到着したのは、それから四十分後である。死亡確認の時刻は日付が変わる直前だった。
チロはその夜を境に、人間の言葉を一切話さない。
二階の壁の音も、母の呼吸と一緒に止まった。
葬儀は身内だけで済ませた。
台風一過の空は晴れて、斎場の駐車場のアスファルトから湯気が立っている。祭壇の遺影は姉が選んだ。まだ介護の始まる前、庭で撮った写真だった。写真の中の母は、肩にチロを乗せて笑っている。
読経の途中で、私は自分の指を折って数えている自分に気づいた。
参列者ではない。棺の中の母と、姉と、私。指は三本で止まっていた。三人で帰ってきた。今も三人いる。あの言葉が数え方にまで染みている。指をほどいて、膝の上で手を組み直した。
弔問客はいない。焼香をあげながら、私は高木のことを思い出していた。あの通話のあと、写真を送ってきたきり、先生からの連絡は途絶えている。どちらの名で私を呼ぶべきか、決めかねているのかもしれない。
四十九日を待たずに、家の売却は解体前提で話がまとまった。
荷物の整理は三日で終わった。母の簞笥、介護ベッド、仏具。処分品のリストが伸びていく中で、私と姉が残すと決めたものは二つだけだった。チロの鳥籠と、緑の交換日記。
鳥籠は姉のマンションへ運んだ。チロは環境が変わっても餌をよく食べた。名前を呼ぶと首をかしげる。それだけの、ただの老いた小鳥に戻っていた。
日記は私が持ち帰る。
荷造りの最後の夜、姉と二人で居間に座った。話すことは決めていなかったのに、姉のほうから口を開いた。
「私ね、ずっと考えてたの。トンネルで手が離れたとき、つかみ直した二人が、入る前と同じ二人だった保証はどこにもないって」
姉は畳の目を見ている。
「あの日から二十五年、あんたと暮らして、喧嘩して、電話して、お母さんの介護の愚痴を聞いてもらった。その二十五年が全部あるのに、最初の一晩だけが分からない」
「調べる方法なら、あるよ」
姉は麦茶の中を見たまま言った。
「私とあんたで、鑑定に出せばいい。姉妹かどうかは、それで分かる」
言われて、初めてその手があると気づいた。綿棒を頬の内側にあてて封筒に入れる。数週間で、紙一枚に答えが返ってくる。
「やる?」
姉が顔を上げる。私は首を振った。
「姉妹だって出れば、それでいい。出なかったら」
その先は言わなかった。姉も聞かなかった。
紙一枚が「別人」と告げた瞬間、この二十五年が偽物の記録に変わる。喧嘩も電話も介護の愚痴も、全部、他人の家の出来事になる。母が名前を呼び続けて固定してくれた現実が、封筒ひとつでほどけてしまう。
「調べない。お姉ちゃんの妹は私。この話はここで終わりにする」
姉はしばらく黙っていた。麦茶を一口飲んで、分かった、とだけ言った。
それが私たちの出した結論である。血縁の証明とも記憶の照合とも違う、これから先も姉妹でいるための取り決めだった。
解体は十月の頭に始まった。
立ち会いは業者に任せ、私は県外の自分の部屋に戻っている。工事は順調で、報告はすべて姉経由のメールで届く。
六週間後、業者から姉に写真が数枚送られてきた。北側の子供部屋の壁を剥がした際、下地に妙なものがあったので念のため撮影した、という添え書きつきである。
姉はその写真を私に転送してきた。件名は空欄だった。
剥がされた壁紙の下、灰色の漆喰の面に、子供の右の手形が三つ並んでいる。

肩幅ほどの間隔で、三人の子供が横一列に並んで壁へ手をついた配置だった。両端の二つは普通の手形だ。濡れた漆喰に室内側から手を押しつけた、浅い窪み。
中央の一つだけが逆だった。
窪んでいない。盛り上がっている。壁の内側から、室内へ向かって、子供の手が漆喰を押し出した形をしていた。指の腹の膨らみ、爪の縁まで、鋳型のように浮き出ていた。
写真を拡大する。右端の手形の親指の付け根に、三日月形の細い溝があった。中央の盛り上がった手形の、同じ位置にも、同じ形の傷が写っていた。
私は自分の右手を開く。
親指の付け根の、三日月形の傷。トンネルの入口でなぞった、あの傷だ。同じ形の溝が、右端と中央の手形に写っている。
姉に電話をかけた。写真を見たかとだけ聞くと、見た、と返ってきた。
「あの壁、覚えてる? 昔から染みがあった場所」
「覚えてる。手形の話じゃなくて、聞きたいのは立ち位置。私、どこに手をついたんだろう」
姉は少し黙った。
「変なこと言うね。手形なんかついた覚えある?」
「ない。ないけど、右端の手形の傷、私のと同じなの」
「右端」
姉の声が止まった。受話器の向こうで息を吸う音がした。
「文香。あんたは真ん中に立ってた」
どういう意味かと聞き返す前に、姉は続けた。
「解体の前の週、最後に部屋を見に行ったの。そのとき壁の染みを見て、思い出した。あの夜、お母さんがあの子を部屋に入れる前、三人で壁の前に立たされたの。並びなさいって言われて。私が左、あんたが真ん中。右端は」
姉はそこで言葉を切った。
「右端の子の顔が、思い出せない」
通話を終えて、私は右手をもう一度開いた。
三日月の傷は右端の手形にある。同じ傷が中央の手形にもある。私が中央だったと姉は言う。
壁の内部は空洞で、何も見つからなかったと業者は言った。漆喰は他と同じ古さで、後から細工した形跡はなかったという。
両端の二つは、室内から壁を押した窪みだ。中央の一つだけが、壁の内側から、こちらへ向かって押し出されている。
家はもう更地になった。
日記は私の部屋の抽斗にある。最後の白紙の頁を、私は時々、灯りに斜めにかざす。消された筆圧はあの一文のままだ。
チロは今も姉の部屋にいる。餌は食べる。人間の言葉は、もう話さない。
名前を呼べば、呼ばれたものが娘になる。母はそう信じて、二十五年、私を文香と呼び続けた。
だから私も、朝、鏡に向かって一度だけ名前を呼ぶ。
呼びかけに応じる声は、今のところ、自分のものだけだ。




コメント