奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

踏まれていない墓

墓の台が沈んだ、と言われて見に行くと、残っていた台の上面は水平だった。四つの角の高さも揃っていた。ただ、その周りの土が盛り上がり、昨日は見えていた台の下半分を覆っていた。

私は石の仕事をしている。墓を建てる仕事も、移す仕事もする。その墓は、山裾から町の霊園へ移すことになっていた。新しい石を売り込むほど商売熱心でもなく、使える物は使う。依頼主も、父が選んだ石だから、と希望した。

依頼主は森岡さんという六十代の女性で、亡くなったご主人の分を移してから、旧姓の母親も一緒に納めたいのだと言った。苗字をどう刻むか迷っていた。娘さんは、後から考えれば、と何度も言ったが、母親は気にしていた。

最初の下見では問題を見つけられなかった。小さな墓で、石の下に古い台が三枚重なっていた。一番下だけ色が違う。それを残すか処分するかで見積りが変わるので、私は周囲の土を少し掘って確かめた。

森岡さんは、できるだけそのまま、と言った。娘さんは横で眉を寄せた。運び出す道が狭く、荷物を増やせば費用も増す。私は下の台は現地へ残す案も話したが、森岡さんは触ってから決めたいと、手袋を外した。

石に手が触れたとき、地面が一度動いた。車が遠くを通ったときのような、小さな振動だった。娘さんが足元を見た。私は斜面の方を見た。森岡さんだけが、石の表を撫で続けていた。

帰るときに、妙なことがあった。前日に雨が降っていて、土は柔らかい。私たちは三人とも泥を踏んでいた。道には靴跡が続いているのに、墓の周りだけ誰の足跡もなかった。均したようにきれいだった。

私は娘さんに、それを指して見せた。彼女は、母がいつも掃くから、と答えた。森岡さんは箒を持ってきていなかった。ただ、仕事前から遺族を怖がらせるような話をするのもどうかと思い、私は黙って道具を片づけた。

作業の日には相棒の松野を連れて行った。森岡さん親子も来ていた。納めてあった物はすでに別へ預けてある。私たちは周囲を片づけ、石を順に吊り上げる準備をした。松野が、下から空気が来る、と言った。

台と台の隙間へ手を近づけると、確かに温かかった。日が当たっているせいかもしれないが、その場所は石の陰だった。息を吐くように一度出て、しばらく止まる。松野は土の中へ口を開けているようだ、と笑わずに言った。

上の石を持ち上げると、森岡さんが咳をした。娘さんが背を撫でた。石を横へ運んでも咳は続いた。次の台へ手を掛けたところで、足元から咳がした。森岡さんは口を閉じ、私の長靴を見ていた。

松野が作業を止めた。私たちは互いの顔を見た。重い物を扱う現場で、気のせいだと決めて進めることはできない。石を安定した場所へ置き、四人とも墓から離れた。土の中の咳だけが、少し長く続いた。

森岡さんは、こんなことは初めてだと言った。娘さんは知っている顔をしていた。彼女を見ると、小さいころから母がお墓で帰れなくなることがあった、と話した。脚が重いと言い、いつも父が背負って帰ったのだという。

ご主人の墓ではないのかと聞くと、ここは夫の家の墓だと説明された。夫が生きていたころから、この石がある。前の代からの台を使い、上の石だけ新しくしたらしい。私はいちばん下の、色の違う石を見た。

森岡さんが石へ戻ろうとした。娘さんが腕をつかみ、今日はやめよう、と言った。森岡さんは、ここの人たちも連れていかないと、と答えた。納めていた物はもう出してある。何を指しているのか、本人も説明できなかった。

結局、その日は上の石だけを運んだ。残った台を覆い、翌日にもう一度見ようと話した。森岡さんは最後まで残りたがったが、娘さんが車へ連れていった。足が上がらず、何度も靴の先を土へ擦っていた。

翌朝に来たのが、石が沈んだという連絡だった。上を外して軽くなったはずの台が、一晩で土へ入っていた。雨は降っていない。周囲には、覆いを押さえた重石の跡もなかった。土が持ち上がって全てを包んだようだった。

私は松野と周囲を少しずつ掘った。下の台は四角ではなかった。土の中で左右へ張り出し、片側には丸い窪みがある。加工した石を別の用途へ回したものらしかったが、元の形は見当がつかなかった。

窪みの中へ、白い棒が渡してあった。細い骨だった。先が石の穴へ入り、もう片方が地面を押している。動物の脚を折って作った杖のように見えた。触らず松野へ見せると、彼は反対側にも同じものがある、と言った。

一本ずつ違う形だった。人の指に見える短いものも、細長く曲がったものもある。どれも土の中から台を支えていた。私は写真を撮った。画像では石の影にしか見えず、その場を指で差すと、松野にはちゃんと骨が見えた。

娘さんへ電話し、確認できない物があるので作業を止めると伝えた。説明しながら、仕事を手伝い始めたころの自分を思い出した。親方が、古いものは分からないときに触るなと言っていた。そんなことは当たり前だと思っていた。

親子が着くまで、私たちは石の横に立っていた。骨の先が、ときどき土を押した。すると私の足の裏が浮いた。目で見れば地面は動いていない。それでも、誰かが靴底へ掌を差し込み、持ち上げるのが分かった。

森岡さんは車から降りると、驚くほど軽く歩いた。昨日は娘さんに支えられていた人が、道具を避け、私たちの所まで来た。石の下を見せると、よくしてもらった、と小さく言った。

「お父さんが死んでから、ここへ来ると楽だったの」
娘さんは、それは歩くのが楽ってこと、と聞いた。森岡さんは首を振らなかった。お参りすると、帰りには脚が軽くなった。以前はその逆だった。夫をここへ入れてから変わったのだという。

私が見た骨の一本が、地面を押した。森岡さんの踵が少し上がった。別の一本が動くと、娘さんが前へよろけた。彼女の母が手を差し伸べたが、娘さんはその手を取らなかった。二人の間の土に、長い指の跡が浮いた。

私は全員に下がってもらった。ところが森岡さんの足が動かなかった。上体は私たちへ向くのに、膝から下は墓へ残ろうとする。娘さんが腰を抱くと、母親ではなく娘さんの足が沈み始めた。

松野が二人を支えた。私は荷台に積んだ板を持ってきて、土の上へ渡した。娘さんの踵の下へ差し入れると、何かが板の裏を叩いた。骨ではない。平たい手の感触が、こちら側まで伝わってきた。

娘さんは板へ這い上がった。森岡さんも膝をつき、松野の腕を借りた。その下に足跡はできなかった。土は人の体が離れるたび、ゆっくり平らへ戻った。私たちは板の上を進み、固い通路へ二人を下ろした。

娘さんが靴を脱ぐと、中に白い小石が入っていた。振って落とすと、小石は地面へ立った。尖った面を下にして、倒れずにいた。松野が布を被せた。布の下で、骨を曲げる小さな音がした。

私は仕事を続けられないと伝えた。元へ戻すだけでも危ない。森岡さんは泣かなかった。上の石を新しい場所へ持っていったら、下にいるものも付いてくるのか、と聞いた。分かりませんとしか答えられなかった。

ただ、そのまま土をかける気にはなれなかった。台を支える骨は、私たちが離れたあとも動いていた。ここへ人が来なくなったら、何を支えればいいのだろう。考えている自分の膝が、また軽くなった。

私は下の台へ道具を掛けた。松野に持ち上げるのを手伝ってもらった。骨を抜こうとはしなかった。石を少しだけ浮かせると、骨の先が届かなくなり、土の上でばらばらに動いた。私たちは力を緩めず、その高さを保った。

空気が出てきた。石の下の土が膨らみ、広い胸のように上下した。一人の呼吸ではなかった。早い息の下で長い息が続き、止まったと思えば別の所がへこんだ。森岡さんは通路に座り、娘さんの手を握っていた。

待っている間、石が少しずつ軽くなった。松野にも分かったらしく、こちらを見ずにうなずいた。私は急いで持ち上げなかった。汗が顎から落ちると、下の土に口の形の窪みが開き、その一滴を受けた。

やがて動きが止まった。骨は石の下へ倒れ、白い根のように土へ混じった。台を横へずらすと、さっきまで人を支えていた地面に何も残っていなかった。森岡さんが立ち上がりかけたので、まだ、と私が止めた。

最後の息だけが出なかった。私たちはしばらく待った。娘さんが母親の上着を脱がせ、丸めて腰の後ろへ当てた。森岡さんは楽な姿勢になり、長く息を吐いた。その音のあとで、地面の中からも同じ長さの息が出た。

それきり、土は動かなかった。私は台を立てず、文字のない面を上へ向けて置いた。松野が周りへ板を渡した。森岡さんはその道を使って車へ戻った。今度は脚が重いと言った。娘さんは黙って歩幅を合わせていた。

新しい墓には、運んだ上の石を使わなかった。森岡さんがそう決めた。お母さんの名を刻む相談も取りやめになり、別の方法を選ぶと言った。私に支払う代金は減らさなかった。必要な仕事だった、と言われて、礼を言うのに詰まった。

古い台のある場所は囲ってある。確かめに行ったとき、周りの草は普通に伸びていた。松野は、もう歩けるんじゃないか、と言ったが、板の上から降りなかった。私も、足跡を付けてみる気にはなれなかった。

工場へ戻した上の石は、まだ寝かせたままだ。裏面に浅い窪みがある。削って平らにする予定だったが、置いてみると、首と肩を寄せた形に見えた。石を立てる人がいなくなってから、あの窪みだけがいつも乾いている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました