1. 導入
京都市左京区松ヶ崎。
宝ヶ池のすぐ南に、狐坂と呼ばれる坂がある。
読みは「きつねざか」。
京都市内と岩倉を行き来するなら、まず避けて通れない場所だ。
今この坂を車で通ると、たぶん何も感じないと思う。
きれいな高架橋で、照明も明るくて、カーブも緩い。
普通に走りやすい道だ。
でも、それは二〇〇六年以降の話。
その隣に、車止めで塞がれた古い道が残ってる。
ヘアピンカーブが二つ連続する、幅の狭い旧道だ。
狐坂と呼ばれてきたのは、本来こっちのほうになる。
魔のカーブと呼ばれてた時代がある。
心霊スポットとして名前が挙がるのも、この旧道のほうだ。
高架ができて、事故は減った。
噂だけが残った。
そういう場所である。
2. 基本情報
所在地は京都市左京区松ヶ崎。
宝ヶ池の南西側にあたる。
道としては宝ヶ池通の一部だ。
宝ヶ池通は白川通から岩倉の幡枝地域まで伸びる幹線で、途中で南に分岐する区間がある。
その分岐が宝ヶ池トンネルを抜けて、狐坂を下って北山通に接続する。

地形で言うと、ここは峠だ。
松ヶ崎西山と林山のあいだを越えて、京都盆地側から岩倉盆地側へ抜ける。
ちなみに、この二つの山は五山送り火の「妙」と「法」が点る山だ。
つまり狐坂は、妙と法のちょうど間を通り抜けてる。
言われてみると、けっこうな場所を通ってる道なんだよね。
坂の途中には岩上神社が鎮座してる。
御神体は巨石だ。
坂の名前の由来については、はっきり書いてある資料を見つけられなかった。
狐にまつわる伝承があるという話も見かけるけど、裏が取れなかったので断定はしない。
ここは分からないままにしておく。

3. 八丁街道と旧道の時代
今でこそ幹線道路だけど、この道の歴史はかなり古い。
狐坂は、かつて岩倉地区と下鴨地区を結んでいた八丁街道の経路にあたる。
街道が松ヶ崎の山を越える、京都側の坂。
それが狐坂だ。

六十年ほど前まで、宝ヶ池通なんて無かった。
あたり一面は水田で、その中を岩倉と京都を結ぶ地道が続いてただけだった。
岩倉は京都盆地の北にくっついた小さな盆地だ。
宝ヶ池トンネルや叡電ができるまで、岩倉から京都に出るにはこの峠を越えるしかなかった。
農民が野菜を運ぶのも、この坂を担いで越えたわけだ。

つまり狐坂は、生活の道であると同時に境界の道だった。
盆地と盆地を隔てる、内と外の切れ目。
そういう場所には、だいたい何かしらの話がつく。

やがてここは車道になった。
だが道幅は狭いまま、ヘアピンカーブも急なまま。
そこに現代の交通量が乗った。
結果、事故が多発する。
魔のカーブと呼ばれるようになったのは、この時期だ。
京都市も当然この状況を問題視してた。
市の説明では、宝ヶ池通は市中心部と岩倉地域を結ぶ重要な道路でありながら、通称狐坂のヘアピンカーブがあり、その区間には歩道が整備されていなかった。
車の円滑な通行と歩行者の安全確保が急務だった、とされてる。
そこで橋梁化した車両専用道を新設した。
急勾配とヘアピンカーブを緩和して、従来の道は歩行者と自転車の道として残す。
この整備が完成したのが二〇〇六年、狐坂高架橋だ。
だから今、旧道の入口にはバリカーが立ってる。
車は入れない。
歩行者と自転車だけが通れる、静かな道になってる。
4. 語られてきた噂
噂の中身はシンプルだ。
事故で亡くなった人の霊が出る。
だいたいこの一本で説明される。
具体的な目撃談としては、道端に若い女性と老婆が立っていたという話がある。
バックミラーに落ち武者が映ったという話も見かける。
ただ正直に言うと、この手の話には芯が無い。
どういう霊なのか、いつの事故なのか、誰の話なのか。
そこが定まってない。

複数のサイトを当たっても、出どころは掲示板や投稿系の情報に行き着く。
特定の事件や人物に紐づいた曰くは、少なくとも俺には確認できなかった。
そのかわり、この一帯は噂の密度が高い。

歩いて数分の場所に宝ヶ池がある。
ここも心霊スポットとして名前が挙がる場所だ。
坂の上には宝ヶ池トンネルがある。
ここも同様。
そして西に少し行くと深泥池だ。
雨の夜にタクシーが女性客を乗せて、途中で消えていて座席が濡れていたという、あの有名な怪談の舞台になってる。
つまり狐坂単体の話というより、宝ヶ池から深泥池にかけての一帯が丸ごと噂の巣になってる。
狐坂はその入口みたいな位置づけだと思っていい。
この場所の現地調査動画を見る京都心霊スポット 宝ヶ池狐坂
5. 現地の様子
新道と旧道が並走してるのが、この場所の面白いところだ。
新道は快適そのもの。
高架で緩やかにカーブしながら下っていく。
夜も照明が効いてて、京都市街の明かりが正面に広がる。
普通に夜景がいい。
旧道はまるで別の道だ。
入口の車止めを越えると、いきなり空気が変わる。

山の斜面を沿うように、細い舗装路が続いていく。
幅は車一台がやっとという感じで、ここに対向車が来ていた時代を想像すると普通に怖い。
ヘアピンが二つ、きっちり連続する。
片側は山。
もう片側は谷。
ガードレールの向こうは、そこそこ落ちる。
照明は少ない。
木がかぶさってる区間もあって、夜だと視界がかなり狭くなる。
音の面でも独特だ。
すぐ横の高架を車が走ってるのに、旧道側は妙に静かに感じる。
高い場所を通る音だけが上から降ってくるから、距離感が狂う。
昼は散歩やジョギングの人が通る、普通の遊歩道だ。
そこは押さえておいてほしい。
6. 検証と考察
この場所の噂には、他の心霊スポットには無い特徴がある。
土台になってる事実が、はっきりしてるという点だ。

事故が多かったのは噂じゃない。
京都市が公式に危険性を認めて、わざわざ橋を架けて道を作り替えたレベルの話だ。
安全確保が急務だった、という表現まで残ってる。
道の構造も理由が明確だ。
急勾配と、二連続のヘアピンと、狭い幅員。
そこに市街地と岩倉を結ぶ交通量が流れ込んでいた。
こういう道で事故が起きないほうがおかしい。
そして事故が起きれば、当然そこで亡くなる人も出る。
だから「事故で亡くなった人の霊が出る」という噂は、構造として自然に生まれる。
逆に言えば、幽霊の話をしなくても、この坂が怖い場所だった説明はつく。
では旧道が歩行者専用になった今はどうか。

俺の見方だと、むしろ今のほうが心霊スポットらしくなってる。

車が入らないから、人の流れが完全に切れる。
夜になると、そこだけ時間が止まったみたいになる。
すぐ隣を車が走ってるのに、こっちには誰も来ない。
この落差はけっこう効く。
隣に生きてる道があるのに、自分がいる側は使われなくなった道。
似た感覚になるのは、廃線跡を歩いたときだ。
若い女性と老婆の霊、という組み合わせも気になってる。
これ、京都の怪談ではよく出てくる型なんだよね。
特定の事件じゃなく、型のほうが先にあって、場所に当てはめられた可能性が高いと思ってる。
7. アクセスと周辺環境
最寄りは地下鉄烏丸線の松ヶ崎駅。
そこから北へ歩いて坂の京都側入口に出られる。

北側から入るなら地下鉄国際会館駅か、宝ヶ池公園側からになる。
宝ヶ池公園には駐車場があるので、車ならそこを使うのが現実的だ。
旧道に車は入れない。
バリカーが設置されてるので、物理的に無理だ。
新道の高架は普通の幹線道路なので、停車できるような場所は無い。
周辺は観光と生活が混ざった地域だ。
北に国立京都国際会館、東に宝ヶ池公園。
宝ヶ池の周りは遊歩道が整備されてて、ジョギングしてる人も多い。
坂の上まで行けば、京都市街を一望できる。
生駒山まで見える日もあるらしい。
心霊スポットである以前に、普通に景色のいい場所だ。
8. 訪問時の注意
まず旧道について。
歩行者と自転車の道として現役で使われてる。
夜間の立ち入りが禁止されてるわけではないけど、街灯は少ない。
足元は舗装されてるが、落ち葉や湿気で滑る区間がある。
谷側は落ちれば普通に怪我をする高さだ。
ライトは必須だと思ったほうがいい。

新道側は絶対に歩かないこと。
高架の車両専用道で、交通量も速度もそれなりにある。
撮影目的で路肩に立つのは、本当に危ない。

近隣にはマンションや住宅がある。
深夜に集まって騒ぐと、普通に苦情になる。
静かな住宅地であることを忘れないでほしい。
あと坂の途中の岩上神社。
現役で祀られてる神社だ。
肝試しの通過点として扱う場所じゃない。
9. 参考文献
市道宝が池通(狐坂工区)の整備(京都市)
URL:https://www.city.kyoto.lg.jp/kensetu/page/0000012834.html
宝ヶ池通(ウィキペディア)
URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/宝ヶ池通
京都の坂 狐坂(SANYO CHEMICAL MAGAZINE)
URL:https://www.sanyo-chemical.co.jp/magazine/archives/4419
京都の坂から 狐坂 その四
URL:https://ameblo.jp/mado-osaru/entry-12348941171.html
狐子坂の夜景と生駒山の花火(京都フリー写真素材)
URL:https://www.kyotocity.net/diary/2016/0903-kitsunezaka-ikomayama-hanabi/


