人類は月へ行っておらず、アポロの映像は地上のセットで撮られた――。半世紀以上くり返されている有名な陰謀論だ。写真に星がない、旗が風で揺れているように見える、といった「おかしな点」が並べられ、今も動画やSNSで再生産されている。
だが、疑問があることと、月面着陸が偽装だったことは同じではない。指摘された点には技術的な説明があり、後年には着陸地点を別の探査機が撮影している。確認できる資料を並べると、偽装説を支持する証拠にはならない。
疑惑を広めたビル・ケイシング
アポロ計画終了から2年後の1974年、ビル・ケイシングは『われわれは決して月に行かなかった――アメリカ300億ドルの詐欺』を自費出版した。ケイシングはロケットダイン社で宇宙開発関連の仕事に関わった経歴があり、その肩書きが主張へ信頼感を与えた。
本の筋書きでは、宇宙飛行士は地球の周回軌道にとどまり、その間にネバダの砂漠に作ったセットから偽の月面映像を放送したことになっている。ケイシングは同僚から聞いたという話などを根拠に、当時の技術では安全に帰還できないと考えた。
ただし、関連企業にいたことは、偽装計画を示す内部資料を持っていたことを意味しない。ケイシングの本が出版されたことと、そのシナリオが事実として確認されたことは分ける必要がある。
五つの「おかしな写真」
偽装説でよく挙げられるのは、月面写真に星が写らない、星条旗がはためいているように見える、影の向きが不自然、バンアレン帯の放射線を人が通過できない、着陸の痕跡が確認できない、という五つの主張だ。
星が写らないのは、明るい月面と宇宙服に合わせた撮影条件では、暗い星まで同時に写らないためと説明される。昼間の地上で人物を撮った写真に星が写らないのと同じく、写っていないことは、空に星がなかった証拠ではない。
旗には、空気のない月面でも広げて見せるための横棒が取り付けられていた。布の形や動きが地上の風に見えることだけで、撮影場所を決めることはできない。影、放射線、痕跡についても科学的な反論が示されており、写真の見た目だけを切り取った疑問から、撮影所での偽装へ飛ぶことはできない。
後から撮られた六つの着陸地点
「月面に痕跡がない」という主張に対し、大きな材料になったのが2009年の観測だ。NASAの月周回衛星LROは、アポロが着陸した六地点を高解像度で撮影した。画像には着陸船の影や、月面車が走った跡が確認された。
この画像まで偽造だと言えば、どんな反証も「陰謀側が作った」と退けることができる。しかし、それでは説が間違っている可能性を確かめる方法がなくなる。反証可能な証拠を求める議論ではなく、最初の結論を守るためにすべての資料を疑う形になってしまう。
月面写真の疑問へ一つずつ説明があり、別の時代の探査機による観測も加わった。現在の確認範囲では、人類が月へ行かなかったとする積極的な証拠はない。
政府不信が育てた物語
この説が広がった1970年代のアメリカでは、ベトナム戦争とウォーターゲート事件を通じ、「政府は国民へ嘘をつく」という不信が強まっていた。実際に政府が情報を隠した例があったため、国家的な宇宙計画にも同じ構図を当てはめる話が受け入れられやすかった。
ケイシングはテレビ出演などを続け、1996年には宇宙飛行士ジム・ラヴェルを名誉毀損で訴えたが、訴えは1999年に退けられた。2005年にケイシングが亡くなった後も主張は消えず、別の人物によって地球平面説と結びつけられるようになった。遺族や以前の支持者が、その広げ方を批判した経緯もある。
一人の提唱者の説は、ネット上で別の陰謀論とつながり、本人の意図を離れて変化する。反論されるほど「そこまで隠したいのか」と読み替えられるため、終わりにくい。
問い続けるなら証拠の扱いから
写真へ疑問を持つこと自体は問題ではない。大きな国家事業を検証する姿勢も必要だ。大事なのは、説明を読んだ後も同じ疑問を最初の状態で並べ続けないこと、そして自説を変え得る証拠の条件を先に決めておくことだ。
アポロ陰謀論は、月面の謎というより、制度への不信がどのように物語へ変わるかを示す都市伝説になった。政府が嘘をつく場合があるという一般論から、アポロも偽装だったとは導けない。ケイシングの主張、写真への疑問、それに対する説明、LROの観測を同じ重さで並べず、証拠の質を比べる必要がある。
人類が月面へ到達したかという問いは、観測と記録によって答えが積み重ねられている。それでも疑惑が残る理由を考えるなら、月の写真より先に、なぜ「巨大な成功は巨大な嘘に違いない」という筋書きが魅力を持つのかを見たほうがいい。
