- 九十九通りの死に方を並べた頁
- 結婚式で「切る」と言ってはいけない
- 声が高くなりすぎた、という冗談
- 口にしたら本当になる、という恐れ
- タイムラインで回る死因表記ガチャ
- 死因欄に「心不全」と書くな
- 御嶽山で繰り返された「心肺停止」
- 天皇の病は「ご不例」と呼ばれた
- 斎宮では、死ぬことを「なほる」と言った
- するめが「あたりめ」になったわけ
- 「タヒ」は一文字を割って生まれた
- ゲーム画面の「力尽きてしまった」
- 【訃報】の四文字が先に立つ
- 「ご冥福をお祈りします」が札になった
- 検索すると電話番号が返ってくる
- 厚労省が同じ日のうちに出した紙
- 「自殺」を「自死」に、と遺族会は求めた
- 「急性ヘリウム中毒」の中身は開かない
- 「変死」「不審死」は警察の書類から来た
- 投稿サイトの網が、語をひとつずつ削る
- 病院で交わされる「ステった」
- 言い替えはすり減っていく
九十九通りの死に方を並べた頁
妙な一覧表がある。ネットのまとめサイトに載っている「死因・死に方の表記の種類 一覧99種類」という頁だ。ネットスラングや掲示板の文化から生まれた死因の婉曲表現を、ただひたすら縦に並べてあるんだよな。ぱっと見は悪趣味な遊びにしか見えない。
ただ、根はもっと深い。日本語が大昔から抱えてきた「忌み言葉(いみことば)」の伝統が、この一覧の下にちゃんと埋まっている。そこへネット特有の黒い冗談がかぶさった。
結婚式で「切る」と言ってはいけない
忌み言葉の話からいこう。日本語には昔から、口にしてはいけない場面ごとの言葉があって、婚儀なら「切る」や「別れる」を避けた。葬儀や法事では「する」を「さする」と言い替える。そういう決まりが、ずっと積み上がってきたわけだ。
新聞の訃報欄も同じ作りだ。自死なら「自宅で不幸なご様子で発見」と書く。病死のほうは「スポーツ選手が現役中に急に倒れ」のような書き方をして、心臓の疾患を直接には名指ししない。
相撲界はもっとわかりやすい。引退したあとの力士の死因が「心不全」と公表される例が多く、それがネットでしばしば話題にされてきた。「なぜこうも心不全になるのか」というネタは、もう定番として定着した。
声が高くなりすぎた、という冗談
掲示板でいちばん有名な言い替えは何か。答えはたぶん決まっている。2ちゃんねるを発祥とする匿名掲示板文化の中で、「急性ヘリウム中毒」は最も有名な婉曲表現の一つだろう。込められているのは、声が高くなりすぎて呼吸できなくなったという黒い冗談だ。
直接の語を避けて、場を和ませる。この言い回しは、そのための定型句としてすっかり根づいた。似た例はほかにも多い。「力尽きた」は、もう続けられなくなった企業や人物に向けて、あえて死の語を使わずに当てられる婉曲句だ。
「天に召された」は、若い人の死をじかに口にするのを避けるために選ばれる、やわらかい言い方になる。「不幸の事故」のほうは、具体的な詳細をわざとぼかす報道用語として使われる。日本語の忌み言葉の形式を、ネット文化がそのまま受け継いでいる格好だ。並べてみると一目瞭然。
ネットスラングならではの代表格もある。「ソーセージになった」は事故死を指し、「パリンこした」は爆発事故を指す。ガチの悲惨さを直接は書かない。ショックをやわらげながら、情報だけはちゃんと届けようとする、ブラックユーモア特有の道具立てがこうして育った。
これを悲劇の娯楽化と見れば、不道徳な遊びにしか映らない。見方はふたつある。直視しにくい悲劇に向き合うとき、心を守るための防衛機制として、こうした言い替えが働いている面も確かにあるんだよな。
口にしたら本当になる、という恐れ
日本だけの話じゃない。民俗学や言語学の側から見ると、死をまっすぐ口にするのを避ける気持ちは世界共通だとされる。英語圏なら「pass away(通り過ぎる)」や「go to a better place(より良い場所へ行く)」がそうだ。仏教文化圏では「往生(おうじょう)」が使われる。
日本の場合は言霊だ。言葉をじかに使えば不幸が本当に起きてしまう、という言霊の信仰が日本の神道にもしっかり根を張る。口にしたら本当になる、という恐れ。それが婉曲表現を生み出す心理的な土台の一つだとされる。
心理学からの説明もある。「恐怖管理理論(Terror Management Theory)」という枠組みだ。人間が自分の死を意識したとき、死をじかに思い出すまいとして生まれる不安を、どうやわらげるかを扱う考え方になる。その手段として、婉曲表現やユーモア化が役に立っているという説明がある。
ネットスラングの「急性ヘリウム中毒」みたいなブラックユーモアは、古典的な忌み言葉とは逆の道を選んだ。わざと珍妙な言い方をして、笑いに変えてしまう道だ。古い伝統とは正反対のやり方。それでも、行き着く先の目的は同じだと見ることもできる。
タイムラインで回る死因表記ガチャ
タイムラインにも波が来る。X(旧Twitter)やTikTokでは、「死因表現ガチャ」のようなスレッドが定期的に盛り上がる。中身は、訃報欄やニュースに出てきた死因表記を集めたものだ。若い世代にとっては、日本語の忌み言葉文化を知る入り口の役目も果たしている。
もちろん反発もある。実際の事件や事故に娯楽じみた言い方を当てると、遺族感情への配慮を欠くとして批判されることもある。言葉遣いひとつで、悲劇をどこまでネタにしていいのか。その綱引きが、板の上でずっと続いている。
死因欄に「心不全」と書くな
一九九五年、厚生省が死亡診断書の様式に手を入れた。死因欄の説明書きに、終末期の状態としての心不全や呼吸不全をそのまま書くな、心停止の手前にある病名を書け、と明記された。現場の医師には手間の増える話。それまでの習慣を、ひとつ捨てさせられたわけだ。
効果は統計に露骨に出た。一九九三年から九五年にかけて、心疾患の死亡率が、説明のつかない形でいきなり急減していくんだよ。人口動態統計の報道発表資料には、死亡診断書の改正の影響と考えられる、という注記までわざわざ添えられた。病気が減ったわけじゃない。書き方が変わっただけの数字だった。
改正の前はどうだったか。原因のはっきりしない遺体には、便宜的に「急性心不全」と書かれることがあった。一九九〇年、神戸大学の溝井泰彦教授のチームが監察医制度のない地域を調べている。そこでは心不全が突出して多く、おそらく原因不明のほとんどが急性心不全で処理されている、と踏み込んで指摘した。
医学用語の顔をした婉曲表現。相撲界の訃報に心不全が並ぶのを、ネットは長いことネタにしてきた。けれど根っこはこの制度の側にあって、笑っていた連中が思っていたより、話はずっと事務的で乾いていた。
御嶽山で繰り返された「心肺停止」
二〇一四年九月の御嶽山。噴火のあと、山頂付近で見つかった登山者について、報道各社は「心肺停止」という語をひたすら繰り返した。見た目には、もう亡くなっている。それでも医師が死亡を確認するまでは死亡と書けない、という日本の報道が守ってきた手続きがそこにあった。
海外の通信社は同じ場面をさっさと死亡と打つのに、日本語の報道だけが心肺停止の一語で足を止める。理由はふたつある。遺族への配慮と、誤報を避けるための保険だ。画面の前の視聴者は、あの語が実際に何を指しているのか、ひとり残らず分かっていた。
分かっていて、言わない。忌み言葉の構造が、ここではそのまま生きている。制度としての慎重さと、口に出さずに済ませたいという気持ちが、たった一語の上で重なり合っていた。
天皇の病は「ご不例」と呼ばれた
一九八八年の秋から翌年の一月まで、昭和天皇の病状は毎日のように報じられた。宮内庁が使った語は「ご不例」。病気を直接言わないための宮中言葉だ。発表には輸血量と血圧の数字だけが淡々と並んで、肝心の病名のほうは長いあいだ伏せられたままだった。
報道の側にも隠語があった。死去の日そのものを「Xデー」と呼んでいたんだ。紙面の準備も、特番の差し替えも、原稿の待機も、社内の段取りはひとつ残らずその呼び名で回っていく。天皇が死ぬ日、と口にする人間は誰ひとりいない。
死の敬語には段がある。天皇と皇后には「崩御」、親王や内親王には「薨去」、一般の人には「逝去」や「永眠」が当てられる。誰が死んだかで語を替える体系が、役所の文書の中では今も動いている。この階層そのものが、死を名指しさせないための装置だった。
斎宮では、死ぬことを「なほる」と言った
話は千年ほどさかのぼる。延喜式には、伊勢の斎宮で使ってはいけない語の一覧が載っている。仏は「中子」、経は「染紙」、寺は「瓦葺」、僧は「髪長」、尼は「女髪長」と言い替える決まりだ。仏教の語を宮中の敷地から追い出すためのもので、これを内七言と呼んだ。
外七言のほうがもっと生々しい。死は「なほる」、病は「休み」、血は「あせ」、肉は「くさびら」、墓は「つちくれ」になる。泣くことは「塩垂」、打つことは「撫で」だ。死を治ると呼んでしまう発想には、千年前の役所が言葉の力を本気で警戒していた跡がはっきり見える。
言えば起きる。言わなければ起きない。言霊への恐れが、法令の別表という形にまで固まっていた。婉曲表現の歴史をたどっていくと、ネットスラングのずっと手前に、律令の条文がちゃんと控えているんだよな。
するめが「あたりめ」になったわけ
江戸の町も負けていない。職人や商人は、擂り鉢を「あたり鉢」、するめを「あたりめ」と呼び替える。「する」が擦る、失うに通じるのを嫌ったからで、金を扱う商売人ほどそこには神経をとがらせていた。梨を「ありの実」と言い替えるのも、無しと聞こえるのが具合悪いという理由からだった。
落語の楽屋言葉も同じ。寄席や芝居では「終わる」を避けて「お開き」と言い、四と九は音を外して「よん」「ここのつ」と読む。船乗りは沖で猿の名を口にしないし、猟師は山で使う語をまるごと別の体系へ切り替えた。場面ごとに、禁止語の表がちゃんと用意されていたわけだ。
弔事のマナー本に並ぶ重ね言葉、重ね重ね、たびたび、次々、再び、追ってなども、たどれば同じ系譜に入る。不幸が繰り返すのを嫌う理屈だ。死ぬは「ご逝去」、急死は「急逝」、生きていた頃は「ご生前」へと振り替えられていく。葬儀社のサイトを開けば、言い替えの対応表が今でもきれいに並んでいる。
「タヒ」は一文字を割って生まれた
日本語のネットには、ほかの言語では作れない伏せ方がある。漢字を部品に割るやり方だ。死という字を縦にふたつに割ると片仮名のタとヒに見えるので、そこから「タヒ」という書き方が生まれた。
この形にしておけば、検索にも目視の巡回にも引っかかりにくい。携帯電話とパソコンの掲示板を通って、二〇〇〇年代に広まった。伏せ字というより、文字の解体。音も意味も変えずに字形だけずらしたから、書いた側は後ろめたさをいくらか薄められ、読んだ側は一瞬で元に戻せた。
同じ発想で「ころころ」「あの世に逝った」「お亡くなりになられた」のような言い方が量産された。過剰な敬語も婉曲の一種だ。丁寧にすればするほど、対象からの距離が開いていく。二重敬語だと叱られる「お亡くなりになられた」が消えないのは、距離を稼げるからだった。
ゲーム画面の「力尽きてしまった」
「力尽きた」の出どころは、おそらくゲームの死亡メッセージあたりにある。狩りものの作品では、体力が尽きると画面に「力尽きてしまった」と出て、プレイヤーは死んだという語を使わずに済んだ。やり直せる死のための、柔い語。
それが人の訃報に持ち出された。倒産した会社にも、活動を止めた配信者にも使われる。復活の可能性を残した言い方だから、現実の死に当てたとたん、どこか妙な浮遊感が出てくるんだよな。使う側も、そこは承知のうえで選んでいた。
飼い主の側も似ている。ペット界隈で定着した「虹の橋を渡った」「お星様になった」も、言葉としての立ち位置はすぐ隣にある。どちらも悲しみを分け合うための言葉で、事実を書き留めるための語じゃない。言い替えの役目は、情報を隠すことより、その場の温度を決めるところにある。
【訃報】の四文字が先に立つ
五ちゃんねるやその前身の板では、人が亡くなったという知らせは、まず頭に「【訃報】」を付けたスレッドタイトルで立つ。本文より先に四文字の枠が来る。死因は題名に書かない。誰が亡くなったかと、公式の発表があったかどうかだけを並べる作法が定着した。
「【悲報】」との使い分けもはっきりしている。悲報は失敗や中止や打ち切り用。人の死には、訃報のほうを当てる。あれだけふざけた語を山ほど抱えている板が、この一点だけは、驚くほど律儀に言葉を選び分けていた。
まとめサイトも似た運用。題名では死去や急死で止めておき、詳細は本文の引用へ押し込んで、検索から流れてくる読者の目に強い語を最初から当てない。そういう処理であると同時に、広告の審査を通すための事情も絡んでいた。
面白いのはその下だ。コメント欄に降りたとたん、婉曲語と隠語が一気に増える。定型の挨拶、字を割った書き方、ゲーム由来の言い回し。同じひとつのスレッドの上半分と下半分で、公式の作法と非公式の遊びが、きれいに層になって重なっていた。
「ご冥福をお祈りします」が札になった
定番の一行がある。訃報のスレッドを開くと、最初のほうにずらりと並んでいるのが、「ご冥福をお祈りします」の一行だった。二〇〇〇年代の掲示板で定型として固まり、まとめサイトのコメント欄へそのまま流れ込んでいる。貼れば済む札のような扱いで、連投する人間を「冥福厨」と揶揄する言い方まで出てきた。
冥福は、もともと仏教の語。冥土での幸せを祈るという意味なんだけど、浄土真宗は臨終即往生と考えるから、冥土を想定する語そのものを嫌う。神道では故人が家の守り神になると考え、キリスト教では死を祝福として扱う。どの立場から見ても、冥福は外れていた。
代わりに置かれるのは「哀悼の意を捧げます」「お悔やみ申し上げます」「安らかなお眠りをお祈りします」あたりだ。これは本来、故人に向ける語。遺族には「ご愁傷様です」を使う、という分担があった。ネットの定型文は、その区別をまるごと飛ばして流通している。
検索すると電話番号が返ってくる
二〇一五年の春、グーグルの日本語検索では、特定の語を入れると結果のいちばん上に相談窓口の電話番号が出るように変わった。こころの健康相談統一ダイヤル。検索した本人が求めていない情報を、機械の側が先回りして差し出してくる形だった。
二〇一八年一月にはツイッターも同じ仕組みを日本語で入れていて、該当する語を検索すると相談先の案内が先頭に出る。結果は消さない。検索結果そのものは書き換えずに、その手前へ一枚挟む設計だった。
挟まれた側は、素直に迂回する。直接の語を避けて、伏せ字や隠語や字の解体で打ち込みにいく。運営が新しい言い方を覚えれば、また別の言い方が作られた。語の入れ替わりがやたら速いのは、書き手が賢いからじゃなく、仕組みの側がそう仕向けているからだ。
厚労省が同じ日のうちに出した紙
題名からして揺れている。世界保健機関の手引きは、日本語訳が出るたびに題名を変えている。二〇〇〇年版は「自殺を予防する自殺事例報道のあり方」、二〇〇八年版は「自殺予防 メディア関係者のための手引き」だった。二〇一七年版になると「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識」という長い題になった。
版をまたいでも中身はぶれない。手段をはっきり書かず、現場や場所の詳細も伝えない。見出しをセンセーショナルにしない。相談先の情報を必ず添える。用語の選び方まで細かく決まっていて、「自殺成功」という言い方は使わずに「自殺既遂」と書くよう求めている。
二〇二〇年、俳優の訃報でこの手引きを外した報道が相次ぎ、民間団体が遵守を呼びかけた。二〇二二年五月十一日には、芸人の死去が報じられたその日のうちに、厚労省が再度の注意喚起を出している。異例の速さだった。指定法人による報道各社への呼びかけは、これまでに九回を数える。
記事の末尾に相談窓口の連絡先をずらりと並べておく慣例も、実はこの流れの中で浸透していったものだ。表現の規制が、逆に定型句をひとつ増やした形になる。ちょっと妙なねじれ。
「自殺」を「自死」に、と遺族会は求めた
二〇一二年十月三十日、島根県の自殺総合対策連絡協議会で、公式文書の言葉をめぐる方針が示された。「自殺」を「自死」へ改める。翌年度からの改定を目指すという内容だった。きっかけは、県内の自死遺族会から県へ届いた要望だ。
遺族側の言い分は具体的だった。自殺という字には「殺す」が入っているから印象が悪いし、犯罪者のようなイメージまで連れてくる。その語によって遺族は傷つけられてきた、という訴えが障がい福祉課へ上がっていた。
反発も強かった。ただの言葉狩りだという批判が並び、自死のほうが自然に死んだように聞こえて逆によくない、という指摘も出ている。県の側も、一気に県内全体を変えるのは難しいと説明した。手始めに、役所の書類から手をつける形になった。
全国自死遺族総合支援センターはガイドラインを作り、どちらか一方へ一本化するより、丁寧に使い分けようと呼びかけている。線の引き方はこうだ。行為を指すときは自殺、遺族や遺児を指すときは自死。「自殺した」と書かずに「自殺で亡くなった」と書くのも、瞬間の行為だけを強調しないための工夫だった。
婉曲表現には、上から降りてくる場合と、下から求められる場合がある。この一件は後者。当事者の側から声を上げて、言葉の形そのものを変えさせた、日本国内でははっきりした実例になった。
「急性ヘリウム中毒」の中身は開かない
あの言葉には裏がある。「急性ヘリウム中毒」は、字面だけなら声が高くなるという笑い話に見える。掲示板やまとめサイトはその笑いの形を利用して別の中身を運び、その中身が何かは書く側も読む側も共有していた。
この種の符号の解読はしない。手段の話へ一歩でも踏み込んだ瞬間に、報道の手引きがはっきり禁じている領域へ入ってしまうからだ。言語としての面白さと、書いてよいことの線引きは別物になる。
語の側だけでも十分に奇妙だ。医学用語の形式を借り、診断書の文体をまねて、そのうえで冗談として差し出す。訃報の場で使われるたびに遺族感情への配慮を欠くと批判されて、それでもこの語は消えずに残った。批判されること自体が語の寿命を延ばすという、ネット特有のねじれもあった。
「変死」「不審死」は警察の書類から来た
警察と報道のあいだで使われる語も、婉曲表現の供給源のひとつだ。事件性の判断がつかない段階の遺体は「変死」や「不審死」と書かれ、死体検案書という書類が作られた。日常会話には出ない硬い語。それが記事の見出しを通って、一般へ流れ出した。
定型はほかにもある。「事件性はないものとみられる」という一文もそうで、読者はその言い回しの意味を経験的に学習してしまう。直接の語を書かないつもりで作られた表現が、結果として誰にでも読める符号へ変わっていく。
警察発表をそのまま流す慣行も効いている。発表文に使われた語が記事へ移り、記事の語がネットの書き込みへ移って、三段目まで来ると硬い響きはすっかり抜け落ちる。残るのは符号だけだった。
婉曲のはずだった語が符号として働きはじめると、遺族の側からすれば、配慮としての意味がどんどん薄れてしまう。それでも別の語へ替える動きは起きにくい。報道の用語は前例で決まる。いったん定着した言い方は、なかなか動かなかった。
投稿サイトの網が、語をひとつずつ削る
網は目に見えにくい。動画や小説の投稿サイトには、それぞれの規約と機械的な判定がある。ゾーニングのタグ、注意書きの強制表示、検索からの除外。運営が語を名指しで禁じることは少なく、判定の網に掛かる語のほうが、いつの間にか静かに増えていく形をとった。
投稿者は網を手探りで覚える。字を崩す、片仮名に開く、伏せ字を挟む、絵文字で置き換える。判定には掛からないのに人間には読める、その狭い隙間を狙う書き方が、コメント欄やタグの文化として育っていった。
だから隠語の寿命は短い。覚えられた語は使えなくなり、次の語が作られる。江戸の忌み言葉が何百年も同じ形を保ったのに対し、ネットの婉曲語は数年で世代交代を繰り返していた。決定的に違うのは速度だけだ。
病院で交わされる「ステった」
病院にも独自の言い替えがある。ドイツ語の動詞から来た「ステルベン」を略して「ステる」と言う。死亡を指す現場語で、患者や家族の前で出せない語を、日本語の動詞の活用へ押し込んで隠した形になる。
遺体を整える処置は「エンゼルケア」と呼ばれ、搬送や処置の状態にもそれぞれ略語が当てられている。片仮名と略語は、患者の耳に届いても意味が通らない。そこが便利だった。
葬儀の現場にも業界語がある。棺は「お棺」、遺体は「ご遺体」、火葬場では「ご収骨」。丁寧語の衣をひとつずつ着せていくことで、扱っている物の重さを、目の前からほんの少しだけずらしておく。遺族の耳に直接刺さらないための語彙が、ひと揃い用意されていた。
学校や職場でも似たことが起きている。忌引き、ご不幸、不祝儀袋。死という字を避けたまま手続きが回る仕掛けで、忌引き届を出す生徒は理由の欄に細かく書かなくて済んだ。
言い替えはすり減っていく
婉曲語には寿命がある。使い込まれていくうちに元の語とまったく同じ匂いを帯びはじめ、聞いた瞬間に中身が浮かんでしまう。そうなると誰かが別の語を作り、言い替えの行列がまた一歩前へ進む。
「心不全」は制度に潰された。「心肺停止」は、視聴者にとっくに読み解かれている。「タヒ」は運営に覚えられ、「力尽きた」はニュースの見出しにまで出てきて、すっかり角が取れてしまった。どれも数年から数十年のうちに摩耗していく。
後に残るのは仕組みだけだ。言えば起きるという古い恐れと、遺族を刺したくないという配慮と、検索に引っかかりたくないという事情。この三つが混ざり合って、次の言い替えが今日もどこかで作られている。
